“Chet Baker Sings”（1954&1956録音）を聴いて思ふ

これ見よがしの日光よ、ぼくにはお前のぬくもりなんか無用の長物、引っこんでいろ、お前が照らすのは上っ面ばかり、ぼくは上っ面だろうと深みだろうと有無を言わさずはいりこむ。

地球よ、ぼくの手から何かをもらいたげな様子だな、
やい、このちょんまげ爺、いったい何がお望みだ。

男よ、それとも女よ、ぼくが君をどれほど好きか話せそうだが言葉にならぬ、ぼくのなかに何があって君のなかに何があるか、話せそうだが言葉にならぬ、ぼくのこの焦がれる想いを、昼も夜もやむことのないこのぼくの脈搏を、なんとか話せたらなあ。
～ホイットマン作／酒本雅之訳「草の葉（上）」（岩波文庫）P208-209

闇を知り、絶望を体験した男の歌。
ひとたび中毒になるとそこからなかなか離れることができないらしい。

創造行為の壮絶さ。
不思議な明るさが、逆にその内奥の暗黒を想像させる。何とも爽快で、その上エロティックでありながら魔性を秘めた声。そして、優しくも美しさの映えるトランペットの音。

宿泊先のホテルから転落死したとき58歳。
チェット・ベイカーの数奇な人生は、一世一代のジャズの名演奏を世界に生み出すためのものだったのだろうか。ヘロインを筆頭にドラッグに溺れ、幾度も逮捕されるという生き様。
マイルス・デイヴィスに負けず劣らずの傍若無人さは、ある時期その人気においてもマイルスを凌いだほどだったという。

Chet Baker Sings （1954.2.15, 1956.7.23&30録音）

Personnel
Chet Baker (vocals, trumpet)
Russ Freeman (piano, celesta)
Carson Smith (double bass)
Joe Mondragon (double bass)
Bob Neel (drums)
Jimmy Bond (double bass)
Lawrence Marable (drums)
Peter Littman (drums)

“That Old Feeling”から”Look for the Silver Lining”まで全14曲。
どの瞬間もアンニュイで哀しく、そして静寂に溢れる。
チェット・ベイカーの歌に寄り添うラス・フリーマンの可憐なピアノの音色。そして、時折咆哮するチェットの喇叭の音。
名作”My Funny Valentine”がことのほか暗く哀しい。

私の面白い恋人、ヴァレンタイン
いつも明るく笑わせてくれる、愛しいヴァレンタイン
あなたはいつも、私を心底笑顔にしてくれる

ぞくぞくするほどの、言葉にならない静けさと内から湧き出る熱烈さと。

心も軽く徒歩でぼくは大道に出る、
健康で、自由で、世界がぼくの前にあり、
望みのところへ連れ出してくれる長い褐色の道がぼくの前にあり。
「大道の歌」
～同上書P363

チェットの歌は健康的で、そしてまた自由で・・・。

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