クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管のバッハ「ロ短調ミサ曲」(1967録音)を聴いて思ふ

klemperer_sacred_music691魂の芯にまで沁み渡るオットー・クレンペラーのロ短調ミサ曲。
異様に遅いテンポで音楽はうねり、それでいて重くなり過ぎず清澄を保つ。古き佳き浪漫の時代の名残の中に、バッハの信条告白たる趣きを湛え、生み出された濃密な音楽に一切の違和感はない。
そういえば、鈴木雅明さんがロ短調ミサ曲をしてバッハの人生の回顧だと語っておられた。全27曲のほとんどがパロディから成っており、大抵の場合、より多く音が書き込まれたり、装飾がほどこされたりして、複雑な方向に行く中、パロディの原曲よりすべて短く、単純化されているのだという。

原曲の創作された時期は様々で、それこそバッハの生涯を覆う。文字通り「人生の回顧」であり、しかもできるだけ不要なものを削り取り、簡潔にまとめようとする姿勢に晩年のバッハの一層凝縮された精神の粋を思う。
光輝満ち、癒しに溢れ、幾度触れても心の琴線に触れ、涙さえ禁じ得ないクレンペラー晩年の演奏に拍手を送りたい。
例えば、5分近くを要する第2部ニケア信経第17曲合唱「クルチフィクスス」の、あまりの哀切美に金縛りに遭うかのよう。

ところで、高橋悠治さんが「失敗者としてのバッハ」(1973)にこんなことを書かれている。

バッハは失敗した。かれはしばらくわすれられていた。音楽はかれの方向にすすまなかった。いまみんながかれの音楽にあたらしい意味をみつけようとしているのは、音楽が変わりつつあるからなのだ。音楽は抽象的だから、ある方向にゆきすぎて、全体からきりはなされてしまうこともある。ヨーロッパの音楽は極度に発展し、いまや方向を変えるときがきた。スタイルは時代に対応するが、まだ生きているものはスタイルの下にある。これが質であり、態度である。
「音楽の手帖 バッハ」(青土社)P132

死して数百年のバッハの創造物はどんな風にも解釈可能だということだ。
あまりに巨大なロ短調ミサ曲に震撼する。

J.S.バッハ:ミサ曲ロ短調BWV232
アグネス・ギーベル(ソプラノ)
ジャネット・ベイカー(メゾ・ソプラノ)
ニコライ・ゲッダ(テノール)
ヘルマン・プライ(バリトン)
フランツ・クラス(バス)
BBC合唱団
オットー・クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1967.10.18-20, 23-26, 30-31 &11.6-7, 9-10録音)

第19曲アリア「エト・イン・スピリトゥム・サンクトゥム」におけるヘルマン・プライの淡々としながらも敬虔な歌唱に感動。あるいは、第24曲アリア「ベネディクトゥス」での、ニコライ・ゲッダのしみじみとした朗唱に惚れ惚れする。ここでのフルート・ソロは一際優しく美しい。そして、第26曲アリア「アニュス・デイ」でのジャネット・ベイカーの慈悲深くも渋みのある祈りの声に涙。
それにしても終曲合唱「ドナ・ノビス・パチェム」の壮大な音響はクレンペラーの巨大な解釈ならでは。録音から50年近くを経た今もレコード史上に燦然と輝く傑作だと僕は思う。

 

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5 COMMENTS

雅之

今回も安直にWikipediaから(笑)。

ちょうどこの名録音が生まれたころ、吉田 茂 元首相(1878年9月22日 – 1967年10月20日)が亡くなっているんですよね(10月31日に、本葬が戦後初の国葬として日本武道館で営まれています)。

・・・・・・妻の雪子がカトリックだったこともあり、吉田家は長男の健一を除いてみな信者で、吉田もカトリックには好意を持っていた。昭和39年(1964年)に建設された東京カテドラル聖マリア大聖堂の後援会の会長も引き受けている。ただし岳父の牧野伸顕のアドバイスもあって、極右による標的となることを避けるため、吉田自身は生涯洗礼を受けなかった。それでも東京大司教館司教だった濱尾文郎に「元気なときはともあれ、死にそうになったら、洗礼をうけて“天国泥棒”をやってやろう」と語っていたこともあって、濱尾は吉田に死後ただちに洗礼を授け、「ヨゼフ・トマス・モア」として天国に送っている。・・・・・・

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E8%8C%82#.E5.A4.A9.E5.9B.BD.E6.B3.A5.E6.A3.92

クレンペラーと吉田 茂の豪放磊落さが、オーバーラップしてきます。

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雅之

※ 吉田 茂 元首相が亡くなった1967年10月20日、東京カテドラルで葬儀が営まれた10月23日、日本武道館で国葬が営まれた10月31日のいずれもが、クレンペラー&ニュー・フィルハーモニア管:バッハ「ロ短調ミサ曲」の録音日です。

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岡本 浩和

>雅之様

時間軸だけでなく、歴史を空間軸で俯瞰すると面白いですよね。
なるほど、吉田茂とクレンペラーという取り合わせは思ってもいない視点でしたが、何か共通点がありそうです。(ないか??(笑))

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雅之

>何か共通点がありそうです。(ないか??(笑))

それがけっこうあるんですよ(笑)。

①ふたりとも比較的長寿(吉田茂 満89歳没、クレンペラー 満88歳没) 

②ふたりともタバコ好き(吉田茂は葉巻、クレンペラーはパイプ)

③ふたりとも女遊び好き(吉田茂は芸者に入れ込んでいたし後妻も元芸者、クレンペラーは言わずもがな)

等々。
 

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