La Mer(海)

空気同様生きてゆく上でもっとも重要なものである。東日本大震災以来、これまであまり考えなかった水の怖さを実感するが、一方、フル回転する左脳をひと休みさせるために、たまには海の辺りの波打ち際にひとり佇んで、押し寄せるさざ波とひととき戯れたいものだと考えることがある。山生まれ山育ちの僕でも時には広大な海を眼前にすべてを忘れて「無」になりたいと思うのである。

ドビュッシーが「海」を出版した際、そのスコアの表紙には葛飾北斎の「富嶽三十六景」のあの有名な波の絵が挿入されたが、彼は本当にそこからインスピレーションを受けたのだろうか。繰り返し何度この音楽を聴いても、僕にはどうもあの版画と音楽の印象が結びつかない。これまでドビュッシーを避けてきたせいで、作曲家の伝記などはもちろんのこと、青柳いづみこさんの一部の著書くらいしかまともに読んだことのない僕は、あの名作が世に出ることになった経緯を未だ詳しく知らない。まぁ、例のエンマ・バルダックとの不倫の熱烈な恋がそこに関わっていることくらいはわかっているが、少しまじめに勉強せねばと思っている。というのも、今度の「早わかりクラシック音楽講座」では、この「海」を中心に構成しようとも考えているから(ただし、こういう時に限って矢鱈に忙しく、じっくりと考察している暇がないというのが辛い)。

時間を作って海辺を訪れたいと思うが、現実的に今は難しいので、この際「海」を聴きながら空想でもしようか。理屈でなく感じるというのであれば、その音楽が生まれた背景などは後回し。ドビュッシーの生み出した怒涛の海の中に身をザブンとほうり投げ・・・。

ドビュッシー:
・夜想曲~雲・祭・シレーヌ
・クラリネットと管弦楽のための狂詩曲第1番
・バレエ音楽「遊戯」舞踊詩
・3つの交響的素描「海」
ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団

ブーレーズらしい理路整然とした理知的な表現の中に、ほんの少しの右脳的スパイスが効かされており、今の僕にとってほっとする演奏。特に「海」はお気に入りのひとつ。それと、合唱が入る「シレーヌ」がとても美しい(あ、クラリネットの狂詩曲も素敵)。

ところで、米国を代表するオーケストラのひとつであるクリーヴランド管弦楽団が経営破綻に陥ったのだと。よもやこれだけのメジャー・オケがとは予想だにしなかっただけに、芸術文化に対する世間の冷たさ、注目の低さは相当なものだということ。何だか悲しくなってくる(一方で、芸術をビジネスのネタにしてきたこの数十年のツケなんかもあるのだろうが)・・・。


7 COMMENTS

雅之

おはようございます。

>米国を代表するオーケストラのひとつであるクリーヴランド管弦楽団が経営破綻に陥ったのだと。

同オケの名誉のために申し上げます。
経営破綻したのはクリーヴランドではなく、フィラデルフィア管弦楽団です。

時事通信 4月17日(日)16時44分配信
米名門オーケストラが破産申請へ=フィラデルフィア管弦楽団
【フィラデルフィア(米ペンシルベニア州)AFP=時事】1900年創設の米名門オーケストラ、フィラデルフィア管弦楽団は16日、破産法の適用を申請することを明らかにした。米経済が低迷する中、米主要オーケストラによる破産申請は初めて。
 ただ、楽団スポークスマンによると、当面、公演は全て予定通り行われる。同楽団は2009年の収入が前年の5310万ドル(約44億円)から2940万ドル(約24億円)に落ち込むなど、経営難に見舞われていた。 

ご紹介の盤は名盤だと私も思いますが、フランス音楽特有の色彩感表出という面では、不満も覚えます。フランス的、あるいはラテン的な色彩感表出という面では、クリーヴランドよりもフィラデルフィアの方が上かもです。

ドビュッシー:「海」他 オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9C%E3%83%AC%E3%83%AD%EF%BD%9E%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB-%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%BC-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E7%AE%A1%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%A3/dp/B00005EGZJ/ref=sr_1_2?s=music&ie=UTF8&qid=1303421235&sr=1-2

なお、この指揮者とオケによる組合せの「海」では、ライヴ映像のDVDも持っています。
聴いて確認しますと、問題の第3楽章では、CD、DVDともに、
1. 練習番号60の前8小節のトランペット・パッセージ=無
2. 練習番号62からのコルネットの音形の違い = 4小節のうち最初の2小節は「2連符・3連符・二分音符」(一般的な演奏)
3. 練習番号63からのコルネットの3連符音形=無
でした。

>空気同様生きてゆく上でもっとも重要なものである。東日本大震災以来、これまであまり考えなかった水の怖さを実感するが、

キャンディーズのスーちゃんこと、田中好子さんが亡くなりましたね。
時節柄つい思い出したのは、昔観た、井伏鱒二原作「黒い雨」の映画のこと。
http://www.amazon.co.jp/%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9B%A8-%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E7%89%88-DVD-%E4%BB%8A%E6%9D%91%E6%98%8C%E5%B9%B3/dp/B0002AP1ZM/ref=sr_1_2?s=dvd&ie=UTF8&qid=1303422840&sr=1-2
田中好子さんが演じた、主人公・高丸矢須子は、瀬戸内海を渡る小舟の上で、黒い雨を浴びました。

21世紀になっても未だに「黒い雨」を降らせ続け、大地や海を汚染し続けている人間は、イザナミ、ポセイドン、ゼウス、ガイアなど神様たちの、逆鱗に触れるんじゃないですかね。
それを見て見ないふりをするのも同様に大罪で、それこそ、「愛国心」とか「人類愛」とか、どっちにしても「愛」が泣く行為なんじゃないでしょうか、右の人も左の人も・・・。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
あれっ、失礼いたしました。
フィラデルフィアとわかっておりましたが、この記事を書いているときにこの音盤を聴いていたのですっかり混乱してしまいました。ご指摘ありがとうございます。(ブログというのはその時その時の状況をリアルに表すほうがベターだと思うので、本文はあえて訂正せずそのままにしておきます)

>フランス音楽特有の色彩感表出という面では、不満も覚えます。フランス的、あるいはラテン的な色彩感表出という面では、クリーヴランドよりもフィラデルフィアの方が上かもです。

なるほど。ご紹介のオーマンディ盤は未聴なので何ともコメントできないですが、この色彩感というのはオケの問題というより指揮者の個性なんじゃないかと思います。フランス人でありながらあまりラテン感を感じさせないブーレーズ特有の音楽作りを最近はいいなぁと思っておりまして。限りなく「ゼロ=中庸」に近い表現でありながら、きちんと主張もあるというような。

>キャンディーズのスーちゃんこと、田中好子さんが亡くなりましたね。

吃驚しました。まだお若いですよね。映画「黒い雨」は観ておりませんが、キャンディーズは子供の頃から好きでとても懐かしいです。ここのところの放射能の問題から必然的に癌を連想しますが、これだけ癌で人が亡くなることを考えると、やっぱり現代人の生活スタイルにも相当の問題があるのだろうと思います。原発はもちろん加工食品の場合も・・・、生活は便利になりましたが、結果的に人の健康を害するマイナスもありますよね。

>イザナミ、ポセイドン、ゼウス、ガイアなど神様たちの、逆鱗に触れるんじゃないですかね。

同感です。オススメの武満の「黒い雨」も未聴なので、聴いてみたいです。

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アレグロ・コン・ブリオ~第3章 » Blog Archive

[…] ドビュッシーの「海」をメインの肴にし、その周辺を掘り起こして話をし、いくつかの音盤を聴いた。「海」は真に貴い作品であることがあらためてわかった。なぜその時作曲者は「海」を題材にしたのか?もちろん北斎の絵画にインスパイアされたということはあろう。そして、エンマ・バルダック夫人との許されない恋から、「海」を女性に見立て、自らの理想を重ね合わせるかのように内から湧いて出てきたということもあろう。2種の音盤(デュトワ&モントリオール響盤とブーレーズ&クリーヴランド管盤)をじっくりと聴き、それまでの音楽にない斬新さとかっこよさを再確認。 […]

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アレグロ・コン・ブリオ~第4章 » Blog Archive » レントより遅く・・・

[…] こういう陽気な日は「海」だろうと夢想する。 朝から立ちっ放しで少々疲れた。「海」でぼんやりしたいと思ったが、時間が許さず。代わりと言っちゃなんだが、ここはドビュッシーの「海」でも聴きながらぼーっとするかと音盤を漁る。で、ストレートに「海」というのも能がないので、ドビュッシーのピアノ曲を引っ張り出した。ふわふわと雲の上に乗るかのような感覚と印象派っぽい淡い旋律と・・・。 もうかれこれ20年以上前に仕入れたミシェル・ベロフの旧い方の全集から1枚、「ベルガマスク組曲」やアラベスク、「子供の領分」などを収めたもの。 ベロフのドビュッシーの特徴。ひとつ、真に明快。ふたつ、軸がぶれない。みっつ、と言いながら極めて挑戦的。 […]

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岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

[…] そういった状況が回避されたからかどうなのか、その後に続く第2巻(1913年完成)はより一層独特の世界に足を踏み入れる。もはやショパンの影響はその名称だけで、音楽は現代音楽の境地に足を踏み入れる。 ちなみに、この年にはストラヴィンスキーの「春の祭典」が初演され、彼は衝撃を受けた。直前に同じシャンゼリゼ劇場で自身のバレエ「遊戯」が初演されるも2週間後の「ハルサイ」のスキャンダルに掻き消されたほど、このストラヴィンスキーの作品は周囲を大混乱に陥らせた(実際今の耳でも「春の祭典」の方が圧倒的に格上)。そのことが直接影響を与えているわけではないが、より芸術的に練磨された作品をほぼ同時期にドビュッシーは生み出していたことになる。 それほどに「前奏曲集第2巻」はそれまでの音楽を超越している。 […]

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