ハンヌ・リントゥ指揮新日本フィル トパーズ第595回定期演奏会

空前絶後。
こんなに燃え盛るシベリウスはたぶん今まで聴いたことがなかった。
前半の協奏曲は、ヴァイオリンの妙なる調べが、強力な音量とともにシベリウスの心を歌い、しかも(ハンヌ・リントゥ指揮する)オーケストラとのコントラストが抜群で、隅から隅まで音楽を楽しむことができた。第1楽章アレグロ・モデラート冒頭のカデンツァから耳を奪われた。何かが違うと直感した。なるほど、これこそ愛国者ジャン・シベリウスの本懐だ。民族的な旋律が、豊かに、そして神妙に、しかし埋もれることなくこれほど明瞭に奏されたことがこれまであったのだろうか?ヴァレリー・ソコロフの本領発揮、というか、アンコールで弾かれたパガニーニの協奏曲のソーレによるカデンツァの恐るべき超絶技巧を聴いて、やっぱりこの人は只者ではないことを僕は確信した。第2楽章アダージョ・ディ・モルトの仄暗い浪漫はいかばかりか。しかも、ただ暗いのではない。そこにはあくまで希望があるのだ。さらに、終楽章アレグロ,マ・ノン・タントにあるパッションの発露は並大抵のものではなかった。何というクライマックス、何という協働!!僕は、本当に久しぶりにシベリウスの協奏曲を堪能した。

内なる情熱は、次のマグヌス・リンドベルイに引き継がれる。押し寄せる大音量の波と、時折見せる(引き寄せる)木管群の美しいメロディに心が躍る。本邦初演のこの作品は、文字通り時の彼方に置き忘れた記憶と感傷を蘇らせてくれる音の綴れ織りである。ちなみに、タイトルは「飛行機が飛びながら飛行機雲を残すように、時は過ぎ去ろうとも明瞭な痕跡を後に残していく」というアイディアに基づいているらしい。ここでもリントゥの指揮は激しかった。

新日本フィルハーモニー交響楽団トパーズ《トリフォニー・シリーズ》第595回定期演奏会
2018年10月19日(金)19時開演
すみだトリフォニーホール
ヴァレリー・ソコロフ(ヴァイオリン)
西江辰郎(コンサートマスター)
ハンヌ・リントゥ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
・シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47
~アンコール
・パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調作品6~第1楽章カデンツァ(エミール・ソーレ作曲)
・リンドベルイ:タイム・イン・フライト(2016-17)(日本初演)
休憩
・シベリウス:交響曲第7番ハ長調作品105

恐るべきは、交響曲第7番。期待に違わぬ、というか、期待以上の最高のパフォーマンス。本物は言葉にできない。音楽が感覚にリーチされた時の筆舌に尽くし難い喜びだけがそこにはあった(見事なカタルシス)。大宇宙の鳴動が、大自然の音響が、シベリウスの内なる小宇宙と一体になる様を初めて見せつけられたと言っても言い過ぎでないリントゥの完全なる音楽。金管の、特にトロンボーン奏者山口尚人さんの群を抜く巧さ!あるいは、先月、リヒャルト・シュトラウスで超絶ソロを披露してくれたオーボエの古部賢一さんの相変わらずのパフォーマンス!弦楽器群のうねりやティンパニの怒号に舌を巻きつつ、壮大な、そして繊細なシベリウスの世界に身を寄せることのできた幸せ感。シベリウスがこれ以後、幾度も推敲を重ねながらも結局交響曲第8番を世に問うことができなかった理由があらためてわかったように思った。

それにしても残念なのは客の入り。おそらく半分か、それ以下か。
本当にもったいないと思う。

ちなみに、開演前のロビーコンサートはドビュッシーの弦楽四重奏曲抜粋。

・ドビュッシー:弦楽四重奏曲ト短調作品10~第1楽章&第2楽章
山田容子(ヴァイオリン)
松宮麻希子(ヴァイオリン)
井上典子(ヴィオラ)
多田麗王(チェロ)

間近で耳にするドビュッシーの、独自路線に開眼しつつ既成の音調の入り交じる作品の音の深さに僕は思わず唸った。これぞ幻想と現実の狭間の逡巡。第1楽章アニメ・エ・トレ・デジデのコーダの急速なパッセージは素晴らしかった。

 

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