8人のホルニストによるワーグナーの世界。
最後の「ジークフリート」幻想曲を聴くに及び、リヒャルト・ワーグナーにとってホルンという楽器はまさに男根の象徴のようなもので、音楽は終始勇猛果敢で濃密、特に冒頭の「ジークフリートの角笛の主題」の凝縮された咆哮に思わずのけ反ったくらい。素晴らしかった。
厳粛なコラールのような地響きを立てる8本のホルン。その崇高な合奏は、多少の不安定さはあったものの、満員の聴衆を大いに感化した(だろう)。
あの頃、息子ジークフリートを授かった頃のワーグナー夫妻は幸せの絶頂にあった。
わたしは四時半に甘美な楽の音によって目を覚まされた。リヒャルトがピアノを弾いて去年の出産の時刻を告げてくれたのである。それからロルディとエーファによって花束や、(金色の小さな額縁に収められた)星形の徽章などが届けられた。白い服を着て赤い敷物の上に座ったフィディは姉たちのお祝いの言葉を受けたのち、彼女たちの贈り物をした。仏塔のような「祭壇」を背にした彼は、さながら、世人の崇敬を受けながらこの世に幸福をもたらす小さな仏陀のようであった。リヒャルトは声を張り上げ、「なんてすばらしい朝なんだろう!わたしはなんと幸せなんだろう!」と言った。
(1870年6月6日月曜日)
~三光長治・池上純一・池上弘子訳「コジマの日記2」(東海大学出版会)P10-11
得も言われぬ色気と勇壮さの同居。いわば、女性性と男性性の混合。
ホルン合奏によって張り上げられた(振り絞られた?)今宵の囁きと雄叫びは、多少の無理ある(難ある?)編曲を超え、十分に、そして直接に心に響いた。
東京・春・音楽祭―東京のオペラの森2017-
HORNISTS 8 《ワーグナー×ホルン》~N響メンバーと仲間たちによるホルン・アンサンブル
2017年3月22日(水)19時開演
東京文化会館小ホール
ホルン:今井仁志、福川伸陽、石山直城、勝俣泰、木川博史、野見山和子、山本真、久永重明
・ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」~序奏、狩人と村人の合唱(ヴァレンドルフ編)
・ワーグナー:「ローエングリン」幻想曲(シュティーグラー編)
・ワーグナー:「ラインの黄金」幻想曲(クリアー編)
休憩
・ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」序曲作品72b(テルツァー編)
・フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」~前奏曲とコラール
・ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」幻想曲(ユーリセン編)
・ワーグナー:「ジークフリート」幻想曲(シュティーグラー編)
アンコール~
・ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」~狩人の合唱(ヴァレンドルフ編)
・ワーグナー:ワルキューレの騎行
ウェーバーもベートーヴェンも、そしてフンパーディンクも味のある素敵な演奏だったけれど、それでもやっぱり今夜のメインはタイトル通りワーグナー。後列の4人はワーグナー・テューバ持ち替えでの立派な吹奏。「ラインの黄金」前奏曲の、とてもホルンだけでやっているとは思えない絶妙な色彩感。また、「トリスタン」幻想曲は第3幕前奏曲に始まり、玄人好みの地味な歌の連続に濃厚なエロスの世界の表出。
ちなみに、アンコールの「ワルキューレの騎行」は誰のアレンジかわからないが、超絶難曲っぽく、それでもアンサンブルは見事に健闘。
会場は沸きに沸いた。ワーグナーの音楽は人を幸福にする。
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