内田光子の弾くベートーヴェンの作品109を聴いて思ふ

beethoven_30_32_mitsuko_uchida1820年9月20日付、ベートーヴェンの出版社に宛てた手紙には次のようにある。
「3曲のソナタはすぐにでき上がります。最初のものはもう少し手を加えれば完了ですし、あとの2曲はいま一刻も早くと思って書いています」

ベートーヴェンがもう少しで完了だと言った作品109のソナタは、ちょうど今頃の季節に書き上がったことになる。なるほど、この小さいけれど巨大な音楽に何とも言えぬ寂寥感が潜むのは、作曲家の心象にまつわること以外に、晩夏から早秋へと移りゆく時節の色合いも心なしか反映されているのだろうと想像した。例えば、第3楽章アンダンテ・モルト・カンタービレ・エド・エスプレッシーヴォは変奏曲の形がとられ、その主題には、「歌うように、心の底からの感動をもって」と記されており、真に美しく、しかも静かで穏和で、並行して書かれていた第九交響曲の「喜びの歌」と同様の精神が、もっと凝縮した音の連なりのうちに刻み込まれているように感じられる。

しみじみと、真にしみじみと、変奏ごとにスタイルを変化させつつも深沈とした深い世界に引き込まれてゆく楽想。最後の主題の回想の頃に、何とも言えぬ晴れやかな感情が蘇り、実にこの音楽も「生きる喜び」、「つながり」、「ひとつになること」をテーマにしているのではと思えるほど。単なる妄想でも空想でも何でも良い。それほどに穏やかで澄み切ったベートーヴェンが聴こえる。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109
・ピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110
・ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111
内田光子(ピアノ)(2005.5.12-20録音)

年齢を重ねるにつれベートーヴェンの最後の3つのソナタの重みが増してゆく。音盤でも実演でも様々なピアニストの演奏で聴いてきたけれど。
2004年の来日時にサントリーホールで聴いた時よりも、そしてこの音盤が発売された2006年よりも、さらに記事に書いた2010年当時よりも音楽から感じ取れる趣きやイメージが僕の内側で随分変化している。

作品109を、内田光子は一見えらくあっさりと弾く。それこそ第3楽章の冒頭などもう少し感情を込めた方が良いのでは思ってしまうほどに・・・。でも、実際はそんな単純に判断を下せるものじゃなかった。第3変奏の軽快な歩調と深い呼吸の音調による喜びの表現、第4変奏では極めて透明な音色が横溢し、カノン風の第5変奏に至り一層深い世界に足を踏み入れてゆく。
そして・・・、最後の変奏。嗚呼、デトックス、変容、昇華。
主題の回想シーンでは、純白の世界が僕たちを包み込む。

間髪おかずに、まるで魂が再生されるかのように響く作品110の第1楽章モデラート・カンタービレ・モルト・エスプレッシーヴォ!!天使が舞い降りるのだ!!!

すみだ学習ガーデンさくらカレッジ2013年4月講座を無事終えた。
次回第4期は2014年4月開講予定。

 


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3 COMMENTS

畑山千恵子

私も内田光子さんのベートーヴェンを聴きに行きました。素晴しい演奏で、味わい深いものでした。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
あの日会場にいらしたんですね!素晴らしかったですよね。
それにしても10年近く経つとは驚きです。

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