ティボー カザルス コルトー ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調作品97「大公」(1928.11&12録音)

いまだ超えられることのない奇蹟のスーパー・トリオ。

何よりもまず3人の演奏家にとって、この音楽歴があらゆる点で重要だったことを強調すべきだろう。芸術と興行の両面で実り多い、たぐいまれな相互理解によって結ばれたアルフレッド・コルトー、ジャック・ティボー、パブロ・カザルスは、プロの演奏家としての地位の確立のみならず、快適な暮らしの確保のためにもトリオの成功に賭けた。現に彼らの演奏会は各メンバーに多額の収入をもたらした。
フランソワ・アンセルミニ+レミ・ジャコブ著/桑原威夫訳「コルトー=ティボー=カザルス・トリオ 二十世紀の音楽遺産」(春秋社)P119

彼らは音楽家の鑑のような存在といえる。
後に音楽評論家のジャック・ロンシャンはこのトリオを評して次のように書いた。

コルトー=ティボー=カザルス・トリオは演奏会でこそ、ベートーヴェンの『大公トリオ』を22回しか演奏しなかったが、1927~28年に録音した音源は、その後も再三にわたって復刻再発され、家庭では何千回も演奏された! レコードの奇跡である。ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲は作曲家から「盗まれた」と言っても過言ではない。まったく異なる気質の3人の傑物は、それほどまでにこれらの楽曲を体現した。思想家、空想花、情熱家のアルフレッド・コルトー。きらきらとした屈託のない社交家で、魅力的なアーティストのジャック・ティボー。硬骨の士、哲人、自然の人、パブロ・カザルス。
(「ル・モンド」紙 1984年11月10日)
~同上書P140

性格を異にするがゆえに、個性がバラバラであるがゆえに、崇高な、普遍の名演奏が生まれたのだろうと思う。

名録音「大公トリオ」を聴いた。
何年ぶりだろう、録音からまもなく1世紀を迎えるが、この瑞々しさ、そして音楽の内から湧き立つ情感、官能、愉悦などなど、ベートーヴェン音楽の根底に流れる勇気と智慧と慈しみと、そういう人間本来がもつ「皆大歓喜」の思念が見事に表現され、この録音がずっと聴き継がれてきたもので、そしてまた今後もずっと聴き継がれていくものだろうと想像するのに難くない。

3人寄れば・・・ 3人寄れば・・・

・ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調作品97「大公」(1811)
ジャック・ティボー(ヴァイオリン)
パブロ・カザルス(チェロ)
アルフレッド・コルトー(ピアノ)(1928.11.19&12.3録音)

第1楽章アレグロ・モデラート。冒頭のコルトーの弾くピアノの主題呈示から思わずベートーヴェンの喜びと快楽の世界に引き込まれる(この音楽世界にずっと浸っていたいと思わせるほど)。続く第2楽章スケルツォ(アレグロ)の、いかにもベートーヴェンらしい躍動に対して、第3楽章アンダンテ・カンタービレ,マ・ペロ・コン・モートの安息、その対比が美しい(後期の崇高な世界を先どりする、ピアノを土台にチェロとヴァイオリンが掛け合う三位一体の安寧の様子が見事)。
終楽章アレグロ・モデラート—プレストは、3人の名手の丁々発止のぶつかり合いの解決であり、ついに一つになる証しを発見する。なんと佳い曲なのだろう。

名演奏を生んだトリオだけに各々個性(我?)が強く、人間関係は必ずしもうまくいったわけではなかったようだ(亀裂が入ることももちろんあった)。

時間が経てばトリオの亀裂も埋まり、かつての「友情と音楽の喜び」を取り戻せただろうか? 運命はそのチャンスを与えなかった。1953年9月1日、公演先のインドシナに向かうティボーを乗せた飛行機がオート=ザルプ県のシメ山に激突して、搭乗者全員が死亡した。この「幸福な人生を好むジャック・ティボーの趣味にいささかもそぐわない馬鹿げた大惨事」の知らせは、元パートナーに衝撃を与えた。
~同上書P178

そして、再び彼ら3人が顔を合わせる機会を永遠に葬り去ったのである。
(なんと悲しい突然の出来事!)

コルトーはこれを最後の演奏会にすることを心に決めた(1958年のプラド音楽祭)。彼は二度と聴衆の前に姿を現すことなく、4年後の1962年6月15日に死去した。トリオ最後の生存メンバーとなったカザルスは、コルトーの死後11年生きた。最晩年には道徳的・芸術的完全性の象徴として世界中から称賛され、1973年10月22日に息を引き取った。プラドでの再会は顧みれば今生の別れだったのみならず、コルトーによれば「音楽にすべてを捧げた(自分たちの)生涯の終わりにおける音楽奉献」だった。
~同上書P180

音楽に奉仕しようとした3人の意志の結晶。
残されたわずかな録音はすべてが人類の至宝だ。

ケンプ シェリング フルニエ ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調作品97「大公」(1970.8録音)ほか イストミン、シュナイダー&カザルスのベートーヴェン「大公」トリオ(1951Live)を聴いて思ふ イストミン、シュナイダー&カザルスのベートーヴェン「大公」トリオ(1951Live)を聴いて思ふ チョン・トリオの「大公」三重奏曲 チョン・トリオの「大公」三重奏曲

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