上岡指揮新日本フィル定期演奏会ルビー〈アフタヌーンコンサート・シリーズ〉第10回

音楽はうねり、泣き、爆発し、終始肺腑を抉る。
上岡敏之の指揮は実に明瞭で、造形も完璧、しかし、常に冒険があり、内面は極めてディオニソス的な性質を持つ。ティンパニが炸裂する轟音と、ソット・ヴォーチェの繊細な弱音の自然な交錯。参った。

「神々の黄昏」ならぬ帝政ロシアの名残惜しい夕暮れ時を思わせるラフマニノフの交響詩「死の島」。上岡の指揮棒に縦横に操られ、オーケストラは見事に精妙に音を紡ぐ。繊細さと大胆さが同居するその浪漫溢れるエネルギーは、音楽そのものを凌駕し、あるいはアーノルト・ベックリンの件の絵画すらも超え、眼前に尊い音絵を描き出した。確かに不吉ではなかった。大いに幸ある未来への憧憬。重々しく鳴る「怒りの日」のモチーフは、どの瞬間も美しかった。

続いての、カティア・ブニアティシヴィリを独奏に迎えたチャイコフスキーは、稀にみる重厚さを伴ったけたたましくも興奮を呼ぶ名演奏。第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ・エ・モルト・マエストーソは余裕のあるゆっくりとしたテンポで始められた。旋律が滔々と流れ、ピアノとオーケストラが一体になる様。時に激するピアノとの相性をコントロールし、管弦楽の類稀なる色彩と照らし、立体的な音像を創造する上岡の才能に舌を巻く。溜めて、溜めて、溜めて、一気に吐き出すというロシア音楽の常套はここでも健在で、これほどの浪漫豊かな音楽は聴いたことがないくらい。何より随所に現れるカデンツァのピアニズム。ブニアティシヴィリは出来不出来の激しいピアニストだと聞くが、今日の彼女の演奏は本当に素晴らしかった。第2楽章アンダンティーノ・センプリーチェの優しい響きに感応するも束の間、終楽章アレグロ・コン・フオーコの爆発に僕は気もそぞろ。特に、コーダの猛突進のカタルシス。
こういう濃密さ、濃厚さはてっきり指揮者の指示かと想像していたが、幾度かのカーテン・コールの後、ピアニストが弾いた2曲のアンコールを聴いて、この恐るべき粘りと思念の深さは、あくまで彼女の方法と指揮者の方法とが一致共感した上での、奇蹟的解釈であったことを知り、納得した。
ドビュッシーは極めて呼吸の深い、甘美な、それでいてクールな音楽が描かれていて、感動。また、シューベルトのあまりに繊細で悲しい弱音に僕は郷愁を覚えた。

新日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会
ルビー〈アフタヌーン コンサート・シリーズ〉第10回
2017年11月11日(土)14時開演
すみだトリフォニーホール
カティア・ブニアティシヴィリ(ピアノ)
崔文洙(コンサートマスター)
上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
・ラフマニノフ:交響詩「死の島」作品29
・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調作品23
~アンコール
・ドビュッシー:月の光~ベルガマスク組曲
・シューベルト/リスト編曲:セレナーデ
休憩
・レーガー:ベックリンによる4つの音詩作品128
~アンコール
・ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」~ジークフリートの葬送行進曲

20分の休憩をはさみ、後半のレーガーのまた飛び切りの粘りと美しさ。
おそらく来るべき第一次大戦を予感するかのような憂いを秘めた第1曲「ヴァイオリンを弾く隠者」。声部はいくつにも分けられ、複雑な広がりを見せながら、独奏ヴァイオリンが優しい子守唄を歌う。あるいは、第2曲「波間の戯れ」の、文字通り水を感じさせる瑞々しさにうなり、第3曲「死の島」のクライマックスでの壮絶な音響に僕は卒倒した。なるほど、死とは恐怖ではないのである。「トリスタン」の木魂が聴こえ、この身を離れ、ひとつになることの浄化の美がそこにはあった。そして、一層すごいのが弾ける終曲「バッカナール」。前3曲の片鱗が垣間見られる阿鼻叫喚の大団円。
上岡敏之の生み出す音楽はいつもエモーショナルであり、またインテリジェントである。
ちなみに、アンコールのワーグナーがまた素晴らしかった。ここでも弱音と強音の完璧な対比。
生は官能である。しかし、死もまた官能であるのだ。

ところで、開演前にはトロンボーンの山口尚人を中心とする団員の金管五重奏によるロビーコンサートがあったが、こちらも粋な選曲で楽しめた。

服部孝也(トランペット)
杉木淳一朗(トランペット)
田中雅樹(ホルン)
山口尚人(トロンボーン)
佐藤和彦(テューバ)
柴原 誠(パーカッション)
腰野真那(パーカッション)
・J.S.バッハ(石川亮太編曲):津軽バッハ一人旅
・モーツァルト(高橋宏樹編曲):モーツァルトだよ人生は

バッハは「主よ、人の望みの喜びよ」を主題にした抱腹絶倒、演歌調の音楽。そして、モーツァルトは「フィガロの結婚」、「トルコ行進曲」、「アイネ・クライネ」、「ト短調交響曲」など、有名なテーマが混淆しての浪花節。見事である。

 

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