セバスティアン・ヴァイグレ指揮読売日本交響楽団第591回定期演奏会

現代に蘇る世紀末ウィーンの光と翳。
そこには抑圧があり、またそこからの解放もあり、おそらく当時の人々の視点からは希望というより不安が跋扈する、(取るに足りない)恐るべき音楽たちだと烙印を押されたのだろうが、百数十年を経て耳にすると、(グスタフ・マーラーではないが)時代が追いついているのか、むしろ喜びと希望に満ちた(ついでにいうと信仰にも溢れた)、とても大らかで浪漫溢れる音楽たちだと僕は思った。

ハンス・プフィッツナー、若き日の、しかし、堂々たる様相を示すチェロ協奏曲に僕は興奮した。第1楽章アンダンテ・モルト・ソステヌート―アレグロの、いかにもロベルト・シューマン的でありながら決して狂気にまでは至らない中和。悪魔が宿るかのようにどの瞬間も聴く者を挑発する、内燃する熱を帯びた音楽が連綿と刻まれる様に僕は恍惚とした。アルバン・ゲルハルトの奏でるチェロの憂いと哀感!また、第2楽章アダージョ・モルト・トランクィロ―アレグロの、いかにもリヒャルト・ワーグナー的でありながら決して誇大妄想にまで陥らない謙虚さよ。ここには間違いなく調和がある。その意味で、実に的を射た浪漫が花開く。

旋律には起伏がある。縦に横にと揺れるたびに、リズムやハーモニーは聴く者の心を揺さぶる。それにしても何という安定感なのだろうか。いまだ20歳にならぬ青年の生み出した音楽とは思えぬ美しさと魂の慟哭。今夜の演奏には当然ソリストの力量が大きく反映されていたが、アンコールのバッハを聴いて、ゲルハルトの素晴らしさを一層実感した。重みのある迫真の無伴奏組曲。自由に拡散する古の音楽が、何て情感豊かに響いたことか。

読売日本交響楽団第591回定期演奏会
2019年9月10日(火)19時開演
サントリーホール
アルバン・ゲルハルト(チェロ)
小森谷巧(コンサートマスター)
セバスティアン・ヴァイグレ指揮読売日本交響楽団
・ハンス・プフィッツナー:チェロ協奏曲イ短調(遺作)(1888)
~アンコール
・ヨハン・セバスティアン・バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調BWV1012~前奏曲
休憩
・ハンス・ロット:交響曲ホ長調(1878-80)

ロットの交響曲は2月にパーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団でも聴いた。会場のせいもあろうが、印象はまったく異なる。
音楽は極めて豊潤で歌謡的だ。しかし、習作のせいかどうにも音がスカスカの印象はやっぱり否めない。ただし、今日の演奏は、後半になるにつれ緊張感が増し、作品的にもより一層の深みが表現されていたように僕は思う。
白眉は、マーラー的巨大なパッションと、マーラーお得意のレントラー風道化的愉悦が蔓延る第3楽章!!香気溢れる煌びやかなスケルツォと、「復活」交響曲を暗示するトリオの幻想が見事な大宇宙を表現しており、何とも感動的だった。そして、続く終楽章の複雑だが、朗々たる音楽に、果たしてようやくロットの天才を垣間見ることができた。

セバスティアン・ヴァイグレの指揮は、作曲者への思いに満ちるもの。パーヴォの、ひたすら作品を丁寧に、まるで求道者的に正しく表現せんとする姿勢に対し、ヴァイグレは内から感じ、作曲者と一体になろうとするもの。とても好感が持てた。当然心揺さぶられた。

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