カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管(1996)の映像を観て思ふ

beethoven_mozart_brahms_kleiber_1996「音楽の道徳的ちからについて」というブルーノ・ワルターの小論を読んだ。1935年にウィーンの文化協会で行われた講演の原稿らしい。中でワルターは、音楽がいかに人々の倫理観を育てるか、つまり、いかに人間力に影響を与えるかについての自論を展開しているが、最終的に音楽というのは論理的に説明のつかない力だが、人々の感性を育て、倫理観にも相当の影響を及ぼすだろうという結論に至っている。
もう少し具体性のある事例を駆使したロジックが展開されているかと思ったが、さにあらず。

僕自身は、音楽とは見えないものを見る感性を磨き養う大きなツールになり得ると理解している。例えば、ここのところ頻繁に聴くモーツァルトの音楽。最晩年の作品はことごとく「愛」というものがテーマになっているが、もっと以前から実に愛に満ちた作品を生み出していたんだとあらためて気づかされる。例えば、1780年、すなわちザルツブルク時代最後期に生まれた歌劇「イドメネオ」などもそのストーリーを見る限りにおいて、モーツァルト自身が台本を相当コントロールしたせいもあろうが、極めて人間愛に溢れた作品であり、全編極めて明快でありながら、第2幕第15番の合唱などは「魔笛」の世界に通じる包容力をもつ。

ちなみに、その「イドメネオ」の1年ほど前に書かれたK.319の変ロ長調交響曲。弦楽器5部とオーボエ、ファゴット、そしてホルンという最小限の編成で書かれたこの交響曲は極めて典雅で、明朗で、抒情と素朴さに満ちており、ムラヴィンスキーもカルロス・クライバーもどういうわけか得意とした作品であり、その音楽に触れている最中は夢か現かわからぬほどの安寧を得る。ここにも間違いなく「博愛精神」が垣間見える。わずか23歳にしてこれほどの音楽を生み出したモーツァルトはやっぱり「選ばれし人」。

ブルーノ・ワルターは先の小論で言う。

われわれは理知でもってしては音楽の本質を把握しえない、したがってそれに概念的言語表現をあたえることができないのであります。
(フィッシャー著・佐野利勝訳「音楽を愛する友へ」所収P102)

こうも断定されると、僕ごときが日々こうやって記事を書いていることが滑稽に思われるのだが、僕は理知でもって把握しえると実は考えている。
例えば、カルロス・クライバーのあの「蝶が舞うような」とよく言われる指揮姿については何と説明すれば良いのか?少なくとも彼は感性と理性と両方で音楽を把握し、目に見えない音楽を目に見える化した指揮者なのでは?
カルロスの演奏が素晴らしいのは単に音楽だけの力でなく、あの動きがものを言う。そして、どちらかというと聴衆はあの華麗な(例えば左手の風車回し!)身体全体の動きに感銘を受けているんだと僕は思うのである。

目に見えるものを理知で捉え、言語化するのは意外に容易い。
カルロス・クライバーの残した正規録音、映像は僅少だけれど、そのひとつひとつがとても貴重だ。ワルターが言う「理知でもってして音楽の本質を捉えられない」という論理を覆すパフォーマンス。実にカルロスの音楽(映像)によって僕たちは人間力を磨き、培えるんだ・・・(極論かもしれないが)。だから、やっぱり彼の死は早過ぎた。と同時に、もっと多くの舞台に立ってほしかったし、より多くの録音(映像)を残してほしかった。これこそ下世話な本音。

・ベートーヴェン:「コリオラン」序曲作品62
・モーツァルト:交響曲第33番変ロ長調K.319
・ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団(1996.10.21Live)

ミュンヘンでのこの映像は晩年の姿を捉えたおそらく唯一のものだろう。さすがに容姿に衰えは隠せないものの、指揮と音楽が見事に連動している様がカルロスの音楽そのもので、初めて観たときは「コリオラン」の最初の和音のところから感動で震えが止まらなかった。
ブラームスは、1980年のウィーン・フィルとの録音に見る推進力に比して統制力も含めて鈍化しているように感じられるが、その分老練の極みの音楽作りがなされており、第1楽章冒頭の一音目から釘づけ状態。白眉は何と言っても終楽章パッサカリア!!!

そういえば、カルロスが亡くなってもう10年も経つんだった。幸運なことに僕はたった1度だけだけれど実演に接することができた。しかし、何としてももう一度と思っていた矢先だったから、亡くなったことを知った時は意気消沈、腰抜け状態だった。

 


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