ワルター指揮ウィーン・フィルの「大地の歌」(1952.5.18Live)を聴いて思ふ

mahler_erde_walter_1952live136第5課「ロシア音楽の変化」と題する、ストラヴィンスキーのハーヴァード大学での講義の結びの言葉は次のとおり。

おそらく、ロシア民族は、音楽に対する才能にもっとも恵まれた民族のひとつです。不幸なことに、ロシア人は議論する術は弁えていても、瞑想や思索はほとんどロシア人のなすことではありません。ところで、思索のシステムなしに、また瞑想に基づいた明確な秩序なくして、音楽は価値をもちませんし、芸術としての存在すらもちません。
ロシアの歴史的なよろめきは、眩暈を覚えさせるほど私を狼狽させますが、ロシアの音楽芸術の展望もまた私をとまどわせます。というのも、芸術は文化(教養・耕作)、熟成(育成)、知性(理解力)の完全な安定を前提としますが、今日のロシアはいまだかつてなかったほど、そうしたものを欠いているからです。
イーゴリ・ストラヴィンスキー著/笠羽映子訳「音楽の詩学」(未來社)P112

確かにストラヴィンスキーが言うように、瞑想や思索の成果としてのロシア音楽は絶美の極みであり、ドイツ音楽やイタリア音楽にはない薄暗く土俗的な魅力に溢れる。

ワレリー・ゲルギエフの演奏には賛否両論あろうが、極めて音楽的で美しい。そこには間違いなく律動がある。例えば、人口に膾炙するチャイコフスキーの最後の交響曲など、彼の指揮で幾度も触れ、音盤でも繰り返し耳にしているが、どの瞬間も感動的で、作曲者の魂に直接触れるかのような赤裸々さと生々しさに満ちる。
果たして、ストラヴィンスキーがどの時代の誰の音楽を意識して上記の言葉を口にしたのかはわからないけれど、仮に意図が違っていたとしても、19世紀末のロシアで活躍し、現代でも世界中で愛好されるチャイコフスキーの才能を誰も否定することはできず、彼の音楽がロシア的なるものと西欧的なるものを見事に融合させた、まさに「瞑想や思索の成果」であると思わずにはいられない。

tchaikovsky_6_gergiev_vpo137・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」
ワレリー・ゲルギエフ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2004.9.1-4Live)

世紀末の退廃から20世紀初頭の絢爛という分岐点に生きたグスタフ・マーラーが、チャイコフスキーのお株をとるかのように最晩年に残した作品が交響曲第9番ニ長調。そして、そのひとつ前の、東洋的なるものと西洋的なるものの合一を図ったのが「大地の歌」。ここにおいてマーラーはようやくひとつになった。

かれは、この危機をいかに克服するか。かれの掌中には、漢詩があり、「大地の歌」を吟誦する。かれが19歳の頃にある友人におくった書簡の最後の言葉―「おおわが愛する大地よ、なんじはいつの日にか、見捨てられし者を、なんじの胸に入るるや・・・おお、孤独にして不安なる者を召し入れよ、永遠の母よ!」と同じ言葉を、死にゆく身と定められたいま、かれのもっとも個性的な作品を「愛する大地は春の衣もてふたたび新しくよそおえり・・・そして、天つ神々ははるけきかなたより、永遠の光明をもたらす、永遠に、永遠に・・・」と結んだ。大地への心からの賛仰が、この人間の青春の心にも老成の胸にも深く宿っていたのである。いまや、別離の感情に占められたこの賛仰の念が、かれの魂にみちあふれていた。つぎに生まれた「交響曲第9番」もまたこの念の表現である。
(ブルーノ・ワルター/村田武雄訳「マーラー、人と芸術」)
「音楽の手帖マーラー」(青土社)P252

ワルターの言葉が重い。そして正鵠を射る。

・マーラー:交響曲「大地の歌」
ユリウス・パツァーク(テノール)
キャスリーン・フェリアー(コントラルト)
ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1952.5.18Live)

基本の外見は有名なデッカのスタジオ録音と変わらない。
とはいえ、ライヴ録音であるがゆえの一層の気迫が古い録音からすら感じられ、特に第6楽章「告別」などは涙なくして聴けないくらい。ここでもフェリアーの哀惜溢れるコントラルトにひれ伏してしまいそう。

 

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2 COMMENTS

岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

[…] ブルーノ・ワルターがあまりに美しいモーツァルトのト短調交響曲と、哀感溢れるマーラーの「大地の歌」をムジークフェライン・ザールで披露したのが1952年5月17日と18日のこと。 ちょうど同じ頃、バックハウスはシューリヒト&ウィーン・フィルをバックにブラームスの変ロ長調協奏曲を録音。後年のベームとのステレオ録音を(ある意味)凌ぐ名演奏だと僕は思う。 […]

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