戦時中の、亡命直前のフルトヴェングラーの演奏は、どれもが強烈な熱波の如く、何かに恋い焦がれるような色香をもつ。まるで特定の誰か女性に認めた恋文であるかのようだ。
彼の女好きは有名で、女性をひっかける場合、この無頓着さはあの内気さほどの効果を発揮しなかった。彼は欲望をそそられる女性に出会うと、いつも使い走りの役を引き受けさせているベルリンのヴァイオリニスト、フリッツ・ペッパーミュラーを、狙った女性の許に行かせ、ランデヴーの段取りをさせるのだった。ウィーン・フィルハーモニーの切符の元締めは、フルトヴェングラーを崇拝する女性のために、いつも特定の席を用意しておかねばならなかった。それが定期演奏会の場合だと、問題が生ずることもあった。ウィーン・フィルハーモニーの関係者のあいだでは、契約のなかに彼が美しい女性と知り合いになる機会を提供するという条項が盛り込まれていると、まことしやかに噂されていた。彼は自分の好みに合う女性をあさりまわるには、あまりにも忙しかったからだ。
このような無頓着な性格は、他国ならぎくしゃくしたものになったろう。彼が第三帝国に留まったほんとうの理由はそこにあるのかもしれない。
~ルーペルト・シェトレ著/喜多尾道冬訳「指揮台の神々―世紀の大指揮者列伝」(音楽之友社)P247-248
驚くべき推論。あながち間違いではないように僕は思う。
女好きはまた嫉妬心も人一倍強い。
カラヤンはザルツブルクで、1949年の夏の終わりに、二つの演奏会を残していた。しかし突然オペラの指揮台に予期せぬ指揮者、すっかり老いて、嫉妬深く、鷹揚さのみじんもないフルトヴェングラーがあらわれた。音楽祭の運営に介入し、おいしい部分をつまむといった実質的な利益がかかわるとき、彼はカラヤンと同等に扱われたり、相手の方が優先されたりすることに我慢がならなかった。彼はその姿勢を音楽祭で指揮することで見せつけた。こうしてカラヤンは退けられた。
~同上書P249
不要な摩擦を起こすエゴ。人間というのは何て愚かなのだろう。
どんなに神聖な音楽を取り扱おうと、フルトヴェングラーはやっぱり俗物なのかも。しかし、だからこそ彼は人々の心をとらえることができたのだ。
・フランク:交響曲ニ短調(1945.1.29Live)
・ラヴェル:スペイン狂詩曲(1951.10.22Live)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
それにしても、フランクの交響曲の蠢くエロスに卒倒。第1楽章序奏レントの、同時期の欧州世界の闇を見事に描くような暗澹たる響きにぞっとし、クレッシェンドで主部アレグロ・ノン・トロッポに向かう勢いに、死を拒否した生への執着すら感じるのである。何という凄まじいエネルギー!!
また、第2楽章アレグレットの懐古的で、郷愁に浸る音色。このときのフルトヴェングラーの魂はすでに亡命先にあったのか?
演奏会の4日前、1945年1月25日のフルトヴェングラーと(録音技師)フリードリヒ・シュナップの会話。
「ねぇ君、(ベルリン)フィルハーモニーに次の演奏会には帰るからと伝えてくれたまえ。私は帰るからね。君にたずねる人にはだれにでも言ってくれていいよ、私は戻るからって」
「うん、分かった。そのように言うよ」
「ボクたちはもっとすばらしい時になったら会おうじゃないか」
この最後のひとことでシュナップは、巨匠は戻って来ることはないことが分かったという。
~桧山浩介ライナーノーツPOCG-30076
終楽章アレグロ・ノン・トロッポの、祖国への名残を一気に解放せんとする勇気。
フルトヴェングラーの音楽はやっぱり特別だ。
灼熱の、うねる「スペイン狂詩曲」も、暗く、美しい。
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>フルトヴェングラーはやっぱり俗物なのかも。しかし、だからこそ彼は人々の心をとらえることができたのだ。
ぞくじん【俗人】
(一)高遠な理想を持たず、すべての人を金持と貧乏人、知名な人とそうでない人とに分け、自分はなんとかして前者になりたいと、そればかりを人生の目標にして・暮らす(努力する)人。
(ニ)天下国家の問題、人生いかに生きるべきかということに関心が無く、人のうわさや異性の話ばかりする人。
(三)高尚な趣味や芸術などに関心を持たない人。
ぞくぶつ【俗物】
「俗人」を、さらにけいべつしていう言い方。
ぞくりゅう【俗流】
(一) 俗物の仲間。物事の本質・真のよさを理解し得ない、つまらない連中。
(二) 形骸(ケイガイ)をまねするだけで、本質を理解するには至っていない第二流の存在。
(以上 新明解国語辞典 第5版より)
つまり、私や岡本様は、れっきとした【俗人】【俗物】【俗流】ですよね。
するっていと、我々はフルトヴェングラーに並んでるじゃないですか!! じつに光栄なことです(笑)。
>雅之様
なるほど!
良いこと仰いますね!!そっか、僕たちはフルトヴェングラーと並んでるんですね!
若い頃から異様なシンパシーを感じる理由がわかりました。(笑)
[…] 驚くべきは、終楽章のみ収録された1945年1月の交響曲第1番!! 6日後のウィーン・フィルとのフランク同様、強烈な熱波の如く、何かに恋い焦がれるような色香がある。それこそ人間的 […]
[…] な思いが言葉の背面から読み取れるようで興味深い。亡命前ウィーンでの(あの凄まじいフランクやブラームスが楽友協会に鳴り響いた)最後のコンサートは、何とその1週間前のことだ […]