エレーヌ・グリモーのバッハを聴いて思ふ

grimaud_bachエレーヌ・グリモーの称賛に値する点のひとつは集中力だ。
集中とは、「空」であり「一」である。その間は本人が意識しようがしまいが(大抵無意識だろう)陰陽を超える。ということは、バッハやモーツァルトや、あるいはベートーヴェンの音楽を奏するのに極めて適合性があり、彼女がかの天才たちの作品に向かう時にこそ類のない集中力に溢れ、信じられないようなパフォーマンスを、僕たちを前に繰り広げることになる。映像で観るどの演奏も、バッハもモーツァルトも、そしてベートーヴェンも異常なくらいの緊迫感に包まれている。

何年も前にリリースされたバッハの作品集をあらためて聴いている。一晩のコンサートの記録でないからこそこういうプログラミングでバッハの真髄を教えてくれるのだけれど、ある意味気違い沙汰だ。もちろん演る方は肉体的精神的エネルギーを消耗するのだろうが、聴く者にも一層の精神的エネルギーを課すのだから堪らない。一度耳にするとしばらくは棚の奥にしまい込みたくなるほどの重み。何という音楽たち!!

冒頭、前奏曲とフーガ第2番ハ短調BWV847からエレーヌの独壇場。音楽の勢いと内から湧き出るパッションに早々驚かされる。フーガの嫋やかかつ優しい響き。バッハの音楽には男性性と女性性が混在し、しかも見事なバランスで創造されていることが目に見えて興味深い。続く第4番嬰ハ短調BWV849の囁きかけるような、それでいて僕たちを大いなる力で包み込むような包容力はいかばかりか。

J.S.バッハ:
・前奏曲とフーガ第2番ハ短調BWV847~平均律クラヴィーア曲集第1巻
・前奏曲とフーガ第4番嬰ハ短調BWV849~平均律クラヴィーア曲集第1巻
・ピアノ協奏曲第1番ニ短調BWV1052
・前奏曲とフーガ第6番ニ短調BWV875~平均律クラヴィーア曲集第2巻
・シャコンヌ(ブゾーニ編曲)~無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番BWV1004
・前奏曲とフーガ第20番イ短調BWV889~平均律クラヴィーア曲集第2巻
・前奏曲とフーガイ短調BWV543(リスト編曲)
・前奏曲とフーガ第9番ホ長調BWV878~平均律クラヴィーア曲集第2巻
・前奏曲ホ長調(ラフマニノフ編曲)~無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番BWV1006
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(2008.5&8録音)

協奏曲はエレーヌの弾き振りだが、推進力と集中力が際立つ。続く前奏曲とフーガ第6番でエレーヌは翔る。そして、白眉はブゾーニ編曲のシャコンヌ。この難曲をいとも容易く弾きつつ、音の一粒一粒にこもる想いの表現が緻密で一瞬たりとも弛緩せず、ある意味原曲の崇高な世界を超える音楽と化す。特に、中間部の長調の煌びやかな響きにはエレーヌのバッハへの「愛」か・・・。第20番イ短調の前奏曲はあまりに悲しい。まるで現実から夢の中へと誘うための序奏のよう。リスト編曲による前奏曲とフーガの何たる力強さ。
そして、前奏曲第9番ホ長調はすでに夢の中。何と軽やかなバッハ。ラストはラフマニノフ編による前奏曲。原曲とはまた違った意味で格好良い。

このアルバムの中には悲哀も愉悦も在る。それこそが人生なんだと僕たちを諭すかのように毅然と在る。

※過去記事/2008年10月8日:「生涯現役、生涯勉強」

 


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2 COMMENTS

Judy

このブログを読んでいつも思うことですが、岡本さんはなんて見事に今聞いたCDの内容を伝えられるのでしょう。Grimaudのアルバムの中でも繰り返し聴いた回数ではこのCDがトップです。ここ数ヶ月毎日何回も聴いていてそのつど感動があります。でも、岡本さんの文章で初めて「そうそう、こう感じていたんだ〜。」と納得している次第です。ピアノ協奏曲なんて以前は好きではないと思っていたのにHeleneのお陰で素直に好きになれました。そして白眉はなんといってもChaconne。何回聴いてもいいですね。すぐ後に第20番を持ってきたセンスの良さもいいですね。

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岡本 浩和

>Judy様
ありがとうございます。
なるほど、Judyさんはこのアルバムが最もお気に入りなんですね!
繰り返し聴こうにもあまりに重厚で手が遠のくのですが、しかし次の日にはまた聴きたくなる代物ですよね。
白眉はシャコンヌ!!そしてその後が20番というセンスの良さ。まさに、です。

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