冒頭、激しい和音の一撃により夢から覚め、現実に引き戻される。ピアノはあくまで静かに歌う。徐に奏されたハ短調即興曲の何という美音!!確かな左手は揺るぎなく、地に足が着き、すべての音符を支える。晩年とはいえ、シューベルトはまだそこに在った。右手で奏される旋律が静かに語り、一切の濁りなく飛翔する。
もうこれだけで今夜のリサイタルが「奇蹟」であることが証明されたよう。集中した。どの瞬間も引いては押し、押しては引く波の如く、ピリスは僕たちをシューベルトの「夢」の世界に誘ってくれた。終始抑制された音で奏されるシューベルトの病的な生々しさ。息を潜めてその場にいたゆえか、恐ろしく疲れた。しかし、何という充実の疲労感。わずか30歳の作曲家が認めた無類の音楽に、これほどまでに恍惚を覚える体験は滅多にできないもの。
マリア・ジョアン・ピリス ピアノ・リサイタル
2014年3月11日(火)19:00開演
横浜みなとみらいホール
・シューベルト:4つの即興曲D.899, 作品90
・ドビュッシー:ピアノのために
休憩
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D.960
~アンコール
・シューマン:「森の情景」作品82~第7曲「予言の鳥」
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
珍しく「ピリスの極上のピアニッシモをご堪能いただくため、重ねてのお願いになりますが何卒よろしくお願いします」という申し添えがパンフレットに挟まれてあった。拍手については「ピアニストが脱力するまで」と書いてあるにもかかわらず・・・、早い。どうもせっかちで目立ちたがり屋なのか、そういう人が必ずいるから困りもの・・・。
ドビュッシーは浮き立った。現実なのか夢なのかわからぬまま空中を遊泳した。古風な形式に則っているとはいえ、音は紛れもないドビュッシー。いかにも即興風に演奏するピリスの音楽性に舌を巻く。
20分の休憩を挟み、最後のソナタが僕たちの前に姿を現す。沈思黙考する第1楽章モルト・モデラートの短調で奏される展開部に釘づけ。明らかにここから音楽が深化する。やっぱりこれは「夢」だったんだ・・・。続く第2楽章アンダンテ・ソステヌートの類稀な、そっと撫でるような弱音が心地良い。決して「夢」から目覚めさせまいと・・・。アタッカで第3楽章スケルツォへ。ここは「夢」の中の輪舞。おどけることなく、至極可憐に空想に酔うダンスだ。そして、終楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ!!実に劇的な陰と陽の対比。激しさの中に哀しみが溢れ、静けさの内に喜びを垣間見る。
やっぱりシューベルトはほんの数ヶ月前、自らの「死」を想定していなかった。ここには極めて透明な「希望」が見え隠れする。
怒涛の拍手喝采の中、シューマンの「予言の鳥」が弾かれた。晩年のシューマンの苦しみは感じられなかった。それよりむしろ、ここにも「希望」が見えた。
そして、「夢」から覚めた。素晴らしかった。
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私は、7日のサントリー・ホールへ行きました。こちらも大変素晴しい名演でした。シューベルトが絶品でしたね。
>畑山千恵子様
サントリーホール公演も素晴らしかったんでしょうね!
[…] 々驚いた。急激に朝晩が冷え込む中、横浜みなとみらいホールで聴いた、マリア・ジョアン・ピリスのシューベルトの、深層を抉る、優しさと懐かしさを不思議に思い出した。シューベル […]