ペーター・レーゼルのブラームス嬰へ短調ソナタ作品2を聴いて思ふ

brahms_sonata2_rosel369ヨハネス・ブラームスの執念と挑戦。
尊敬すべき先達の方法を潔く採り入れ、それでいて独自性を失わない天才。
19歳の青年が生み出した嬰へ短調ソナタは、高度なテクニックが多用され、そして豊かな音楽性に満たされた一級品だ。

ブラームスは徹底的に真似をする。これは良いと判断したものは咀嚼の上とりあえず流用するのである。これこそ最善の策であり、そこから彼の偉大な作曲家人生が始まったことを考えると、いわゆる「モデリング」というものが技術を習得する上で、自身の才能を見いだし磨く上でとても重要な術であることがわかる。
終楽章に響くベートーヴェンの第5交響曲の木魂。そして、それをいかにも重厚に、かつ光輝に奏するペーター・レーゼルの職人技。
19歳であろうとブラームスはブラームスだ。後年の侘び寂に近い枯れた味わいがすでに見え隠れする。

ブラームスの天才肌の性格、その魂の本質は、彼の生まれ育った環境と見事に釣り合わない感じがする。ブラームス自身―子供のころ見たり聞いたりしたものが、心に暗い影を落としている―と母に語ったこともある。楽しい生活があることを知ったのは、そのあとだろう。まずヨアヒムと、次いで両親と親しくなる。ところが父が病に倒れると、ブラームスは母への熱烈な献身の思いに支配され、人生の何年かを捧げ尽くしてしまった(彼は心の声に従っただけで、決して犠牲になったわけではない)。しかし(音楽を通じて)人類に奉仕するという使命が、彼を待ちうけている。「ひたむきな友愛と仕事は両立できない運命」。このような認識が頭をもたげないはずがない。そこで逃げ道を探したのは、男らしい気質から見て当然だ。母の許から冷たいそぶりで立ち去ったのは、彼の人間性と状況を考えあわせれば、自然のなりゆきといえる。
オイゲーニエ・シューマンほか著/天崎浩二編訳・関根裕子共訳「ブラームス回想録集③ブラームスと私」(音楽之友社)P27

シューマン家の四女オイゲーニエによる回想の一部である。ブラームスの性質、そして彼の行動にある背景を見事に言い当てていて素晴らしい。
心に暗い影を落としていたヨハネス青年にとってシューマン夫妻の自身への愛情はかけがえのないものだったのだろう。ブラームスは嬰へ短調ソナタを改訂し、作品2として出版、クララに捧げる。

ブラームス:ピアノ独奏曲全集Ⅰ
・ピアノ・ソナタ第1番ハ長調作品1
・ピアノ・ソナタ第2番嬰へ短調作品2
・スケルツォ作品4
ペーター・レーゼル(ピアノ)(1972&1973録音)

第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ、マ・エネルジコ冒頭のパッショネートな音型と、続く静謐でめらめらと内燃する旋律の対比こそ若きブラームスの気概の証し。
第2楽章アンダンテ・コン・エスプレッシオーネには、瑞々しくも深沈たる、まさに暗い影が落とされる。このあたりはそれこそ後期の小品に通じる精神性が早くも見え隠れするのだ。やはりブラームスは最初からブラームスだった。
そして、いかにもブラームスという第3楽章スケルツォの躍動。

ブラームスが晩年にせめて1曲でもソナタを残していてくれたら、と思わずにはいられない。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

レーゼル、オピッツと聴き比べても甲乙つけがたしという出来です。全体のテンポではレーゼルが速め、オピッツが遅めです。細かく見ると、レーゼルが遅めだったり、オピッツが遅めだったりします。
最近のものではアンドレアス・ボイデのものがあり、レーゼル、オピッツの中間というところですね。ドイツのピアニストのブラームスではレーゼル、オピッツ、ボイデのものは買って聴いておくべきです。

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