アバド指揮マーラー・ユーゲント管の「ウィーン・モデルンⅢ」(1992.10Live)を聴いて思ふ

wien_modern_3_abbadoTo be nobody-but-yourself in a world which is doing its best, night and day, to make you everybody else―means to fight the hardest battle which any human being can fight; and never stop fighting.
~e.e.cummings

20世紀前半に活躍したアメリカの偉大なる詩人であり変人、エドワード・エスリン・カミングズの詩は実に的を射ていて興味深い。ピエール・ブーレーズはそのカミングズに触発され、ひとつの楽曲を生み出した。

カミングズの詩を知ったのは1952年にケージを介してのことで、彼といっしょにニューヨークのある本屋を訪れていたときでした。私が彼に興味の持てる詩人はどんな人たちかと尋ねると、彼はカミングズの詩集を一冊私に指し示して、「あれを買ってみなさい」と答えたのです。私はそれを読んで大いに感動しました。・・・(中略)・・・カミングズは語彙そのもののなかへと帰り、とくに幾つかの詩篇のなかでは、語の二重の意味、一語一語の曖昧さの驚くべき使用をやっています。彼はまたまったく素晴らしい腕の冴えでもって、挿入句の括弧を用います。
ピエール・ブーレーズ著/店村新次訳「意志と偶然―ドリエージュとの対話」(法政大学出版局)P149-150

二重の意味を持たせること、そして曖昧さの使用というのはブーレーズに限らず、20世紀の創造の方法のひとつであったといえまいか。
どんなに破壊的複雑怪奇な音楽であっても耳を澄ませば珠玉のような旋律が聴こえ、舞踊を喚起するリズムに満ちる。いわば「破壊と創造」の相反する二重の意味を含む奇蹟。特に、20世紀は音楽創造的に行き詰った時代であり、逆に新たな音楽的発明の生じた時代でもあった。
ブーレーズの指摘通り、カミングズは語彙そのものの中へ帰る。そして、そのことはアイスキュロスが「悲劇」の中でコロスに語らせたように生を誘発するのだ。

終わる期のない世々を通じて
世界を知らしたもう ゼウス・・・
悩みを癒す力をもって、また神さびる
息吹によって、理不尽のわざを差し止め
元に返せば、悲しみと恥の涙は
抑えもやらず、滴り落ちる。
して偽りならぬことわりにより、ゼウスの胤を身に宿して、
珠のようなる、子をもけたとか。
(救いを求める女たち)
アイスキュロス「ギリシャ悲劇Ⅰ」(ちくま文庫)P426

ヤニス・クセナキスの「ケクプロス」を聴いて思った。
「悲しみと恥の涙は、抑えもやらず、滴り落ちる」とはこの協奏曲を指すかのよう。打楽器的なピアノの轟音の力強さとオーケストラの静けさの対比。負の感情を解放し、その音楽はますます息吹く。

ウィーン・モデルンⅢ
・ダラピッコラ:夜の小さな音楽(1954)
・クセナキス:ケクプロス(第3ピアノ協奏曲)(1986)
・ペレッツァーニ:魂の春(1990)
・ヘンツェ:歌劇「孤独大通り」(1951)~間奏曲集
・ヘンツェ:歌劇「バッカスの巫女」(1965)~狂乱の狩
ロジャー・ウッドワード(ピアノ)
クラウディオ・アバド指揮グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団(1992.10Live)

あるいはハンス・ヴェルナー・ヘンツェの音楽の持つ悲劇性。その上、1951年の作でありながら見事に旋律的で美しい。音のひとつひとつが重く僕たちの背に圧し掛かる。
また、「狂乱の狩」におけるストラヴィンスキーの原始性にも負けず劣らずのパッション(情熱的であり、また受難的だという意味で)!!
人気はどうであれ、クラウディオ・アバドのベルリン・フィルでの方法は素晴らしかったと思う。「ウィーン・モデルン」シリーズも出色。

 

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3 COMMENTS

雅之

>二重の意味を持たせること、そして曖昧さの使用

それは、掛詞を含む和歌なども典型的にそうですね・・・。

花の色は うつりにけりな いたづらに
   わが身世にふる ながめせしまに
  
               小野小町

次のような、Cool Japanでの歌詞にも、ケージは喜んでくれるかもしれないと夢想してみます。

0と1だけで世界は測れないって
言ってたのはだれ? もうすぐその通りよ

わたし量子コンピュータガール
期待と不安の二重性 
波動のように笑って 粒子の涙を流すの
量子コンピュータガール

「量子コンピュータガール」(MOSAIC.WAV 作詞・作曲)より

https://www.kkbox.com/jp/ja/song/rFFW.2H4mP15RdBX5RdBX0PL-index.html

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岡本 浩和

>雅之様
本文から小野小町はともかく「量子コンピュータガール」なる作品をイメージされる雅之さんの脳みそは一体どうなっているのでしょう??
確かにケージは喜ぶのでしょうが、こんな作品まで興味をもって網羅されているのはカミングスに負けず劣らず変人では??(笑)

知らないことが多過ぎます。毎々勉強になります。
ありがとうございます。

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