コヴェント・ガーデン王立歌劇場2009 パッパーノの「ルル」を観て思ふ

covent_garden_2009_berg_lulu_pappano頭を休めるのに何も考えないでいようと思ったが、夕刻、歌劇「ルル」を観始めたら調子が狂った。
黒と白を基調にしたシンプルな舞台に感動し、何よりルルを演じるアイネタ・エイケンホルスのスレンダーで妖艶な容姿と壮絶な歌唱に感応した・・・。邪悪なファム・ファタル(魔性の女)としてのルルと、彼女にのめり込んでゆくも翻弄される数多の男たちが描かれる陰鬱だが、いかにも現代の諸相を表す物語。トラウマを抱えるルルの内に在る大きな「不安」と、しかしながら同時に辛うじて見える「愛」が明滅する。

第1幕第2場最後のほとんどワーグナーを思わせる官能の音楽こそルルに内在するエロスであり、ひとつの「愛」の形だ(ただしあくまでシェーン博士を独占しようとする魔性の愛)。ここはワーグナーのそれさえ超えるアルバン・ベルクの妙味。
そして、その後の第3場、シェーン博士の葛藤と、彼を本気にさせてゆくルルの駆け引きの場面での迫真の音楽。ここでも人間の内に在る美醜が見事に音化される。

ルルは人々の鏡だ。
誰の中にもエゴイスティックな醜い面がある。栄華を極めると思いきや自らの招いた災厄によって滅ぼされる。第1幕でのルルの生き様は驕り高ぶったエゴの極致。そして、知らず知らずのうちに引き摺られてゆく男たちもそれぞれがエゴの塊。
結局人間はひとりとしてそこから逃れることはできないということなのだろうか・・・。

コヴェント・ガーデン王立歌劇場2009
ベルク:歌劇「ルル」
アイネタ・エイケンホルス(ルル、ソプラノ)
ミヒャエル・フォレ(シェーン博士/切り裂きジャック、バリトン)
クラウス・フローリアン・フォークト(アルヴァ、テノール)
ジェニファー・ラーモア(ゲシュヴィッツ伯爵令嬢、メゾソプラノ)
グウィン・ハウエル(シゴルヒ、バス)
ペーター・ローゼ(猛獣遣い/力業師、バス)
フィリップ・ラングリッジ(公爵/従僕/侯爵、テノール)
ヴィル・ハルトマン(画家/警官/黒人、テノール)
ジェレミー・ホワイト(医事顧問官/劇場支配人/銀行家/教授、バス)
ほか
アントニオ・パッパーノ指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団(2009.6.13&17Live)
ヘルベルト・ムラウアー(演出)

そもそもベルクの音楽作りそのものが実に計算されたシンメトリー。第2幕の中間に演奏される間奏曲を「鏡」にし、左右対称であることはご存じの通り。勝手気ままに自由かつ横柄に振る舞うルルも、落ちぶれて最後は切り裂きジャックの手にかかるルルも同じルルだ。

自身の行為は形を変え、ブーメランのように再び手元に還ってくる。ひとたび被った罪は決して消えることがないのである。ルルは幼少時に与えられなかった愛情を取り戻さんとばかりに「役」を演じた。それも見事な名演技で・・・。第1幕冒頭、画家は彼女のことを「エーファ」と呼ぶ。それこそ「愛」の塊のような名だ。あるいはシェーン博士は彼女を「ミニョン」と呼ぶ。これは間違いなくゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」のあどけなくも健気な少女を博士が彼女に投影しているのだ。

レモンの木は花さきくらき林の中に
こがね色したる柑子は枝もたわゝにみのり
青く晴れし空よりしづやかに風吹き
ミルテの木はしづかにラウレルの木は高く
くもにそびえて立てる国をしるやかなたへ
君と共にゆかまし
~「ミニョンの歌」(ゲーテ作、森鴎外訳)

しかし、エーファは、あるいはミニョンはあくまで「ルル」という女を演じ切る。自身がまいた種によって死に至るまで・・・。
ちなみに、パッパーノの作り出す音楽は実に先鋭的で、直接的に響く。そして音楽が人間の本質を抉り出す。とはいえ、何よりこの舞台では(フォレもフローリン・フォークトも素晴らしいが)アイネタ・エイケンホルスのルルが(演技も歌唱も)最高。

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

私は、2003年、日生劇場で二期会による3幕版を見ました。魔性の女ルルの最期には、多くの男たちをひきつけ、破滅させた女の哀れさが滲み出ていました。また、ゲシュヴィッツ伯爵令嬢もルルの虜となって、哀れな最期を遂げまました。
こうした女たちの人生の背景には、19世紀末から20世紀初頭のドイツ、オーストリアの市民社会の表と裏が見えてきます。シェーン博士、アルヴァ親子の虚栄心、女性蔑視のカスティ・ピアーニ侯爵、バブルに溺れる市民たちなどが浮き彫りになりましたね。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
「ルル」の実演には触れたことがないので機会があれば観たいと思っております。
なかなか舞台にはかかりませんが、ベルク渾身の傑作ではないでしょうか。

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