松本隆の詩が胸を締め付ける。
悲しく、哀しい。
ドイツ語を母国語としない僕たちにとってシューベルト歌曲は、あくまで音楽であり、歌ではない。それが意訳であろうと何だろうと、この人の手にかかった訳詩のあまりの透明感と、それに矛盾するかのような土臭さに感服する。通常、歌曲や歌劇の邦訳版というのはどこか違和感がつきまとうものだが、こと松本隆訳のシューベルト歌曲に限ってはそういうことが一切ない。
鈴木准のテノールも、三ツ石潤司の伴奏ピアノも、シューベルト&ミュラーの世界を見事に体現するものだが、この録音に関しては何より松本隆の詩の魅力に尽きる。
「冬の旅」は決して暗澹たる失望の物語ではない。失恋の痛手で旅に出る青年の心は、時を経るにつれ(実は)希望に満ちる。何より神に導かれるかのように、俗世間に別れを告げ、彼は聖なる旅に向かうのである。
第20曲「道しるべ」、
道しるべひとつ
ゆるぎなく立つぼくはその道を行かねばならない
ひとすじの道
第21曲「宿屋」、
おお 無慈悲すぎる宿のあるじ
それでもぼくを拒絶するか?
さすらう杖よ 先へ行こう
そして、第22曲「勇気」。
元気を出して世界を見よ
逆風の中 挑んで行け
地上に神がいないならば
ぼくら自身が神になろう
力強い歌と、勢いあるピアノ。ここで青年は道を知る。
・シューベルト:連作歌曲集「冬の旅」D911(松本隆現代語訳)
鈴木准(テノール)
三ツ石潤司(ピアノ)(2014.12.16-18録音)
素晴らしいのは第23曲「幻日」。
ぼくも太陽を三つ抱いてたが
そのうち二つの瞳を失くした
二元世界を離れ、悟りを開いた青年の心は無心の辻音楽師のライアーと見事に同期する。
第24曲「辻音楽師」
なるがままのライアー回し
ただ無心に手を回し
決して音は止まらない
ああ 不思議な老人よ
ぼくの歌にあわせてよ
「冬の旅」は、シューベルトの最晩年の諦念の歌でなく、むしろ希望の歌である。
松本隆の詩が躍り、輝く。
※太字は松本隆の訳詞抜粋
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