アンネ=ゾフィー・ムター ヴァイオリン・リサイタル2016

mutter_20161005655四角四面でない、自由で感情移入の激しい音楽たちを聴いて、間違いなくムターの音は深化していると思った。あくまで自身の音楽を追求するという意味では妥協のない音楽作りを常に目指していることが、彼女の舞台での一挙手一投足から伝わってくる。
しかしそれは、28年にもわたってパートナーとして君臨するランバート・オーキスの大いなる包容力あってのものであることも明白。延々30分以上にわたって繰り広げられたアンコールは実に素晴らしいものだった。
どうやら次に何を演るのかを決めるのはオーキスのようだ。
対してムターは、これから弾く音楽にまつわる想いを客席の笑いを誘いながらも丁寧に語り、作品に徹底的にのめり込む。

とても幸せなひと時だった。おそらくもう20年近く実演に触れていなかったのでなかろうか?彼女の音楽に遠ざかって久しいが、あの鋭くも柔らかい、そして七変化の音色のヴァイオリンは健在であったことが何より嬉しい。
冒頭、セバスチャン・カリアーの「クロックワーク」はとてもテクニカルな作品で、いかにもムターらしい動的な演奏が繰り広げられたが、どうもオーキスのピアノとの対話がちぐはぐな印象。演奏後彼の方を向いて何やらぼそぼそと会話していたが、一体何があったというのか?
続くモーツァルトの傑作イ長調ソナタK526でも、第1楽章が終わるやムターは伴奏者の方を向いて怖い顔でぼそぼそ。それに対してオーキスは「仕方ないだろ、知らんよ」っていう素振り。28年もの間の関係ゆえか、音楽上のパートナーだけではないような何とも睦まじさ。ほとんど夫婦喧嘩のようにも感じられたのだが・・・。
しかしながら、そのことが音楽作りを阻害するどころか、音楽が進むにつれ生き生きとさせるきっかけになっていくのだから興味深い。
モーツァルトの第2楽章アンダンテは崇高な美しさ。あるいは終楽章プレストの愉悦。
晩年のモーツァルトの、コンスタンツェとのプライベートを垣間見るかのような、和気藹々、あるいは喧々諤々のK526!素晴らしかった。

サントリーホール スペシャルステージ2016
アンネ=ゾフィー・ムター ヴァイオリン・リサイタル
2016年10月5日(水)19時開演
サントリーホール
アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)
ランバート・オーキス(ピアノ)
・カリアー:クロックワーク(1989)(日本初演)
・モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタイ長調K526
休憩
・レスピーギ:ヴァイオリン・ソナタロ短調
・サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソイ短調作品28
~アンコール
・アーサー・ベンジャミン;ジャマイカン・ルンバ
・チャイコフスキー:メロディ変ホ長調作品42-3(アウアー編)
・ブラームス:ハンガリー舞曲第1番(ヨアヒム編)
・ジョン・ウィリアムズ:「シンドラーのリスト」から
・ブラームス:ハンガリー舞曲第2番(ヨアヒム編)
・マスネ:タイスの瞑想曲

後半は一層の素晴らしさ。
レスピーギのソナタの、暗い情熱がムターの縦横無尽のヴァイオリンによって弾け、また沈潜した。テンポは動き、躍動する。第1楽章モデラートの美しさ。また、第2楽章アンダンテ・エスプレッシーヴォの旋律の妙味。間を置かず一気に奏された終楽章パッサカリアの、変奏毎に移り変わる楽想を丁寧に、そして見事に表現するムターの音楽性。ここに今夜最高の一瞬を見たように僕は思う。
さらには、「ロンド・カプリチオーソ」のあまりに技巧的でありながら、決してテクニカルだけに陥らない音楽美。やっぱりランバート・オーキスの余裕のあるピアノ伴奏が肝。中でもコーダの圧倒的なスピードは最高。
それにしても6曲ものアンコールは、サービス精神旺盛としか言いようがない。
ここまで来るとムターの顔つきも緩み、オーキスもにこやかに接していた。二人の雰囲気は絶好調で、そのことが音楽に投影され、とても心地良い時間だった。
特に、2曲のブラームスには痺れた。テンポの緩急を駆使した独特の節回し。ムターが、古今東西のあらゆる音楽を嗜好し、自身に取り込んでいるのだろうことがよくわかる素敵な演奏。何という奔放さ。またそれにぴったりとくっついて乱れないオーキスの伴奏!!
ちなみに、最後の十八番「タイス」に泣いた・・・。最後は観客総立ちの拍手喝采。

 

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