一流の大道芸人の超一流な曲芸を見させていただいた、そんなような気分である。一昨年の12月にファジル・サイのリサイタルに初めて足を運び、何よりもアンコールで演奏された「展覧会の絵」~カタコンブ以降の壮絶でイマジナティックな表現に圧倒されてしまい、いずれまた聴きたいと思っていた矢先の演奏会で、しかもムソルグスキーの件の楽曲がメイン・プログラムであることを知った以上はどうしても行かなければならないという衝動に駆られ、随分前からチケットを確保し、待ちに待った当日がやっと訪れたのであった。
グレン・グールドのように空いた片方の手で指揮をしながら、しかも鼻歌交じりでヤナーチェクやベートーヴェン、プロコフィエフの音楽を奏する様は、とても一介のピアニストとは表現し難い、現代アーティストとしての面目躍如たるものだった。あらゆる感情が錯綜し、すべての音楽がファジル・サイの色に塗りたくられ、時折これは一体誰の音楽なんだと思われるような瞬間も多出した。
最初の一音から、そう、研ぎ澄まされた音の向こうには、すべてを受け入れて、楽しんでしまおうという楽天的なピアニストの感情が垣間見える。ヤナーチェクの音楽は決して明るいものではない。しんみりとして、哀しみや怒りの感情が爆発する。なのに、である。
・ヤナーチェク:ピアノ・ソナタ変ホ長調「1905年10月1日街頭にて」
まるでキース・ジャレットが弾いているかのような、そんな錯覚を起こさせる、極めてジャジーな中にクラシカルな要素を秘めた見事な解釈。時に沈思黙考し、時に足を踏み鳴らし大暴れする・・・。
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
果たしてこれはベートーヴェンか?!否、あくまでファジル・サイである。あのハイドシェックを凌駕する演奏を期待したが、やはりサイの解釈は古典の枠にははまりきらないのかも。とはいえ、こういうベートーヴェンも面白かろう。
・プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調作品83「戦争ソナタ」
極めてサイ向きの音楽である。
第2楽章の静けさと、フィナーレの怒涛のような突進。この対比がこの音楽の聴きどころだが、少しばかり投げやりな演奏だった。「想い」がこもっていないのだ。2008年のプログラムを見返すと、同じような楽曲が並んでいることがわかる。本当は自作だけでコンサートをやりたかろう。でも、それじゃ売れないということで、「サイらしい」音楽を主催者側は要求する。飽き飽きしているのだが仕方ない、そんなような感覚なのかも。
休憩をはさみ、メインへ。
・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
いやあ、素晴らしかった!これは本当に皆さんに聴いていただきたい!そんな演奏である。「テュイルリー」の前のプロムナードでは、最後にあのピアノの弦に触って音質を変える技が見られたし(その意図が何なのかは残念ながらよくわからない)、以前聴いた「カタコンブ」から「キエフの大門」に至る大団円は背筋がゾクゾクするほどの立体感と、不思議な祈りの精神に満ちていて感動的だった。
ただし、「ブイドロ」に関してはリムスキー版に従っているのだろうか、ピアノからクレッシェンドし、頂点を経てまたデクレッシェンドしていくという表現。僕としては原典のいきなりフォルテで始まる音楽を想像していたものだったから、少々拍子抜けした。まぁ、感情のこもった良い演奏だったから大した問題じゃないのだが。
最後にアンコールを3曲。いずれも自作である。
・サイ:ブラック・アース
・3つのバラード~第1番、第2番
アンコールを聴いて思った。やっぱり彼は自作を披露したい人なのである。いわゆるポピュラー・アーティストに近い精神性をもつ人なのだろう。現代のフリードリヒ・グルダかな・・・。
おはようございます。
今回のファジル・サイのプログラムについては、私も日曜日に聴いてから・・・。
日頃、外人のピアノ・リサイタルにはほとんど興味がないので(外人や舶来品を全然有難がらない得な気質なので)、ピリスの時も、ツィマーマンも当地での演奏会があったにも関わらず、見逃していたり、知っていても行きませんでした。
私事ですが、7月6日が19回目の結婚記念日なので、日頃の罪滅ぼしに(笑)何かないかなと思っていたところ、岡本さんのブログでファジル・サイの来日を知り、当地でも7月4日に東京と同プログラムがあると知り、
http://www.shirakawa-hall.com/detail_20100704.html
昨日昼休みに大急ぎで走り、会場で家族分を含めチケットを購入しました。感謝です。
しかし、まあ、ツィマーマンのサントリーと所沢ではないですが、主催が招聘元とホールとでは、今回もびっくりするほど料金が違いますなあ(笑)。ホール主催は安い! これは財布にありがたいです。
今回名古屋では、「三井住友海上しらかわホール」(このホールは職場からゆっくり歩いても10分くらいの場所で、便利だし音響もよい)の主催「11AM」シリーズの一環なのですが、日曜日の10:30会場、11:00開演というマチネは、家族連れにもお年寄りにも優しくていいです。買い物との組合せも楽ですしね。朝は頭もスッキリして、難しい曲や長い曲でも眠くならないしですね(笑)。何で東京などの他ホールではあまりやらないんでしょう?
一般的な平日の19時開演ってね、自由業ならともかく、私ら堅気のビジネスマンには結構キツイ場合が多いのです。私なんかは平日は20:00開演がいいし、休日は家族で11:00開演で13:00には終了、ゆっくり昼食、買い物・・・、っていうのは理想です。
サイのついでにと言っては何ですが、普段から「チョピン」を軽視し、記念年の昨今のブームも馬鹿にして冷ややかな目で見ていましたので少しだけ心から反省し、同ホール、7月17日(土)の、「上原彩子 ピアノリサイタル」(友の会の音楽会 主催)
http://www1.odn.ne.jp/nagoyatomonokai/event/concert.html
にも行ってみることにしました。ショパン:12の練習曲 Op.25がメインのプログラムで、こちらは14:00開演です。彼女も愛知さんと同じく岐阜県と縁が深いピアニストですし、何があったかよく知りませんけれど(冷笑)、宇野さんが彼女の弾く「展覧会の絵」のCDを絶賛しているので(リサイタルの記念のお土産に、会場でこのCD、買うとしますか・・・笑)、こちらも楽しみなリサイタルではあります。
仕事の帰りに電車の中で、「ぶらあぼ 2010 7月号 (東京MDE)」を読んでいましたら、183ページの、
マルタ・アルゲリッチ
6人目の孫が誕生
「娘の出産が近づいてきて心配」と悩んだ末、「新しい命が生まれる非常に大切な瞬間を家族と分かち合うことが大事」と演奏会をキャンセルして帰国した。周囲の関係者も「それがアルゲリッチの人間らしいところ」と理解し、無事出産を祝福している。
(5.26毎日・夕)
という記事が目に留まりました。もうそんな歳なんだなあ、そりゃ仕事より家族を大切にしてねと、私も心から彼女の余生における幸せを願いました。
>雅之様
おはようございます。
>主催が招聘元とホールとでは、今回もびっくりするほど料金が違いますなあ(笑)。ホール主催は安い! これは財布にありがたいです。
ほんとにびっくりしますよね!東京は何でも高過ぎます。
あとしらかわホールというのはもちろん行ったことないのですが、良さそうなホールですね。11amシリーズというマチネも魅力的です。それに、おっしゃるとおり平日の19:00開演というのも厳しい時間帯ではありますよね。
>普段から「チョピン」を軽視し、記念年の昨今のブームも馬鹿にして
笑
上原彩子のショパンは良さそうですね。彼女のピアノは1度聴いたことがありますがショパンは未聴なので、ぜひ感想をお聞かせください。
>もうそんな歳なんだなあ、そりゃ仕事より家族を大切にしてねと、私も心から彼女の余生における幸せを願いました。
アルゲリッチももう若くないですからね。同感です・・・。
明日のサイの名古屋公演ご報告待ってます!!