谿博子ブリュートナー ピアノ・リサイタル

古い記憶が蘇る。
今夜の頂点は「沈める寺」。
ホールの音響と、ピアノの独自の音色と、何よりドビュッシーを愛するピアニストの腕。
怒涛の轟音は決して割れず、また、静寂の音は決して痩せず、最初から最後まで作曲者の夢見た映像を見事に喚起する。何という三位一体。神秘の音楽なり。

クロード・ドビュッシーは確かに想像の天才だ(もちろん創造の天才でもある)。見たものを、あるいは空想したものをリアルに音に描く様は音楽史上随一かも。とはいえ、彼の描いた音の絵を色彩豊かに再現できるのはそれこそ演奏者の力量。
谿博子の演奏は、さすがに作曲者への貴いまでの愛情と尊敬に満ち、本当に素晴らしかった。

後半の、無造作に並べられたようなプログラムは、夜明けから夜へという時間の推移を意識したものなのだと。しかし、僕が思うに今日の演奏は明らかに時間を超えていた。否、時間という概念こそがむしろ今日の演奏の邪魔をする曲者だったのである。
もちろんピアニストご本人はそんなことは意識していないと思うけれど、「沈める寺」を終え一旦ブレイク、その後の6曲を一気呵成に弾き切る様子が暗にそのことを仄めかしていたように僕は思うのである。すなわち昼と夜との分断を。

谿博子ブリュートナー ピアノ・リサイタル
2017年6月9日(金)19時開演
高輪AMBIENTEアンビエンテ
谿博子(ピアノ)

ハイドン:ピアノ・ソナタロ短調Hob.XVI/32
ショパン:
・即興曲第2番嬰ヘ長調作品36
・前奏曲嬰ハ短調作品45
・3つのマズルカ作品50
―ト長調
―変イ長調
―嬰ハ短調
・舟歌嬰ヘ長調作品60
休憩
ドビュッシー:
・アナカプリの丘(前奏曲集第1巻第5曲)
・亜麻色の髪の乙女(前奏曲集第1巻第8曲)
・水の反映(映像第1集第1曲)
・沈める寺(前奏曲集第1巻第10曲)
・音と香りは夕暮れの大気に漂う(前奏曲集第1巻第4曲)
・月の光(ベルガマスク組曲第3曲)
・月の光が降り注ぐテラス(前奏曲集第2巻第7曲)
・燃える炭火に照らされた夕べ
・エレジー
・花火(前奏曲集第2巻第12曲)
~アンコール
・ドビュッシー:アラベスク第1番

ドビュッシーは間違いなく(ポピュラーも含めた)現代の音楽の嚆矢となる革新者だとあらためて思った。「アナカプリの丘」から谿の奏でる音楽は実に自由で奔放。それでいて極めて音楽的で聴衆の心を鷲づかみにして離さない。「亜麻色の髪の乙女」での撫でるような優しい弱音の機微。「月の光」はもちろん美しかった。それにしても、最後の「花火」での超絶技巧を伴う表現に、ピアニストの芯の強さを想像した。何という揺るぎない自信。

ところで、前半のショパンの、特に晩年のマズルカの美しさ。何より嬰ハ短調の、作曲者が内に秘める祖国への愛が反映された哀しき踊り。ためを作って一気に放出するという、ショパンの揺れる感情を見事に描き出した谿博子の表現は、時折見せる強力な打鍵によって震撼させられ、度肝を抜くものだった。続く舟歌も、まさに水の如く流れた透明感溢れた喜びの爆発。
アンコールのアラベスクは、ブリュートナーの煌めく音色に彩られた絶品。
(ちなみに、使用ピアノは先頃リリースされたCD同様ブリュートナーの1905年製ジュビリー・モデルで、今回の公演のためにわざわざ搬入したものなのだそう)

 

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5 COMMENTS

雅之

ブリュートナーに興味を持ちました。

・・・・・・4本目の弦はハンマーで打たれることはなく、共鳴させるためだけに張られており、この共鳴によって倍音が増幅される構造である。この4本目の弦は、3本の弦の上部に貼られ、独立した駒を経て響板を振動させていたが、最近のモデルでは、4本が同じ高さに一列に配置されており、豊かで純度の高い高音を実現している。・・・・・・

・・・・・・ビートルズの「レット・イット・ビー」でポール・マッカートニーが弾いているのはブリュートナーである(セッション風景を撮影した映画「レット・イット・ビー」の映像などで確認できる。ちなみに、これはアビー・ロード・スタジオの所有である)。・・・・・・ウィキペディアより

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC

こういうことは、今回の記事を読んで自分で改めて調べてみて、初めて過去の聞きかじりと結びつきました。ありがとうございました。

返信する
雅之

追加

共鳴弦を利用した楽器といえば、他にシタールを連想するわけですが、ここから、当時のビートルズのメンバーとインドとの密接な関係が垣間見えるのでは?と、勝手に推測してみたわけです。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

そう、ポール・マッカートニーは「レット・イット・ビー」で奇しくもブリュートナーを弾いておりました。
雅之さんの想像は、あながち間違っていないかもですね。
もちろん本人たちの意識的ではないにせよ、不思議な符号だと僕も思います。
ブリュートナーは強音も実に美しかったです。

返信する
とつ

ドビュッシーのピアノ曲、全曲演奏シリーズも20回目で満了なんだそうです。
会場は、神戸、御影の素敵な個人美術館。
秋の神戸は良いですよ~。

ドビュッシーとその周辺 vol.20  
2018年10月7日(日) 14:30開演(14:00開場)

世良美術館 (阪急神戸線「御影」駅下車 南へ徒歩3分
 ドビュッシー: 12の練習曲
 ショパン:   即興曲(全4曲)
 ショパン:   アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22

https://debussiste.exblog.jp/

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岡本 浩和

>とつ様

情報をありがとうございます!
魅力的ですね!
しかし、残念ながらリサイタル当日は仕事のため神戸まで伺うことができません。
無念です。

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