ふと感じたベートーヴェンの愛

beethoven_arrau_davis_4.jpg音楽というものは、必ずしもそこに意味を求めて聴く必要ないのではないか。僕は昔からオペラや歌曲が苦手だった。特に、ストーリーや歌詞の内容が重要になるジャンルの音楽は、その内容をしっかり把握した上で聴くことが大事だとわかっているくせに、ついつい音楽だけを聴くという行為を長い間続けてきた。その習慣は今もほとんど変わらない。だからオペラのストーリー詳細などは一部の余程特別に愛着のある作品でない限り、まったく知らないといっても言い過ぎではない。

最近はライナーノーツさえまともに読まなくなっている。本当は解説をじっくりと読んで聴くことでより一層理解が深まるはずなのだが、余計な脳みそを使わずともかく「感じたい」のである(それの是非は別として・・・)。音の流れに身を委ねていると、いろんなことを想像する。突然ある場面を思い出したり、ふと「考え」が閃いたり・・・。右脳を刺激するのにやっぱりクラシック音楽は良い。

たとえ「ながら聴き」であれ、ひたすら音に集中することで何かを感じることができる。ほんの一瞬現れるメロディを捉えて心が微妙に揺れ動くときがある。まさに「感じた」瞬間なのである。そういう「時」を大切にしたい。

長い間音楽を聴き続けていると、同じ楽曲でも様々な解釈に出くわす。テンポひとつとっても、それぞれ全く異なる。もちろん奏者の息遣い、「気」、全てが違う。たとえ音盤であれ、そういうものの数パーセントでも転写されているレコードを名盤というのなら、今日聴いたCDは天下の名演奏の名盤と言えるだろう。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調作品58、自作の主題による32の変奏曲ハ短調WoO80
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
サー・コリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン

誰のいつの演奏よりもゆっくりとした足どりで、軸をぶらさず焦らず急がず前進する様が、まさにベートーヴェンの「愛」に相応しい。囁きかけるように始まるピアノ・ソロによる第1楽章第1主題。アラウのその「声」につけるようにブレンドされるデイヴィス率いるシュターツカペレ・ドレスデンの芳醇な響き。のっけから思わず引き込まれてしまう。そして、涙が出るほどの哀しみと憂いをもつ第2楽章に続く、喜びの爆発とでもいうべき意味深いフィナーレ。どの場面をとっても感動的だ。

偶然にも昨年の同じ日にこの音楽を採り上げていた。終わりの日と始まりの日が出会うその瞬間にこそこのベートーヴェンの音楽はぴったりなのかも・・・。

8 COMMENTS

雅之

こんばんは。
この1年間、岡本さんのブログにコメントすることをお許しいただき、ありがとうございました。初コメントから、もう1年になるんですね!ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番で始まり、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番で終わる1年は、バッハのゴルトベルク変奏曲のような巨大な円環ですが、この1年、岡本さんのさまざまな変奏にコメントすることを通して、自分自身、いろいろな意味で、大きく成長することが出来ました。数々の人たちと出会うことも出来ました。感謝の極みです。
>音楽というものは、必ずしもそこに意味を求めて聴く必要ないのではないか。
半分賛成で、半分は異論があります。音楽はそれ自体でも充分楽しめますが、曲、作曲家、演奏家、演奏などの背景を知ることにより、楽しみが何十倍、何百倍にもなるからです。どんな小説を読むより、知的好奇心を満足させられることも多く、それは音楽の、大きな醍醐味だと思っています。
アラウについては、ディアベッリ変奏曲の録音など、スケールが大きくて大好きです。デイヴィス&SKDの、ベートーヴェンの交響曲全集も実に素晴らしいですね。この組み合わせのご紹介の演奏、悪かろうはずがありません!愛聴盤です。
これからも、よろしくお願いします!

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
こちらこそ1年間ありがとうございました。ブログのお陰でたくさんの方との出会いがありましたことを感謝いたします。偶然にもベートーヴェンの第4協奏曲に始まり第4協奏曲に終わった平成20年度でした。
>曲、作曲家、演奏家、演奏などの背景を知ることにより、楽しみが何十倍、何百倍にもなるからです。どんな小説を読むより、知的好奇心を満足させられることも多く、それは音楽の、大きな醍醐味だと思っています。
おっしゃるとおりです。もちろんそう思って聴くことも多々あります(笑)。
>アラウについては、ディアベッリ変奏曲の録音など、スケールが大きくて大好きです。
特に晩年のアラウの懐の深い音楽造りは最高ですね。デイヴィス&SKDのベートーヴェン全集は残念ながら未聴です。そんなにいいんですか?!

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雅之

>デイヴィス&SKDのベートーヴェン全集は残念ながら未聴です。そんなにいいんですか?!
あのお、今回のコメントに、ものすごくマニアックなものを期待したらいけませんよ!(爆)この全集は、万人向けの、スタンダードたり得る演奏であり、録音です。初めてベートーヴェンの交響曲全集を揃えようとされる方には最適なもののひとつだと思います。SKDの美質も生きていますし、ライヴっぽい乗りもあり見事な演奏です(そこが、デイヴィス&バイエルン放送響のブラームスの交響曲全集との違うところ。こちらは余りライヴっぽい乗りが無いです)。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。回答ありがとうございます(笑)。
>この全集は、万人向けの、スタンダードたり得る演奏であり、録音です。
なるほど、そういうことですね。しかし、雅之さんの「幅広く網羅する」姿勢というのは見事ですね。デイヴィスのブラームス全集もそうですが、見向きもしませんでした。

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Fumi

一年間、僕も乏しい知識内でのコメントをさせて頂いた事、大変多くの考えを共有させて頂いた事、音楽のみならず人としてあるべき姿やあるべき生き方、またはあるべき人生の歩み方など教えて頂きありがとうございました。自分にとってはもったいないほどの人生教育でした。
そして雅之さんにも出会うことが出来た事は感謝しても仕切れません。お会いした時から思ってたんですが雅之さんは理系型の頭脳をお持ちですよね?だいたい理系型のクラシックオタクは妙に楽譜重視過ぎて僕には共感し損ねる面がいくつかあります。例えば友達にルートヴィッヒのチャイコの5番の1楽章冒頭のバスクラを聴かせたところ(テンポはかなりゆっくり)これについてここのテンポは何分音符何個分であるべきだやら・・・実に数値化された聴き方で「分かってないなぁ」なんて思った次第です(笑)それにも関わらず雅之さんはそういった面も兼ね備えつつ文系型の感情や直感的感覚、数値では表されないもの(何と言ったら良いか適切な言葉が見つかりませんが音楽に内包されたパッションや突発的爆発力というか。。。)もしっかり聴き分ける力もお持ちでらっしゃる。これは自分自身実際に経験し、実に難しい事だとつくづく思います。僕はどちらかというとまだまだ文系型の聴き方で青二才ですがいつか経験に経験を積み雅之さんのような聴き方が出来るようになりたいものです。本当に心底感心致します。
これからもこんな自分ですがブログに参加させて頂けたら光栄に思います。
ところでベトのピアコン4番ですが僕もアラウの演奏は大大大大好きです。僕はベトのピアコンは5番より3・4番を好むんですが実に両曲とも難しい曲です。個人的にこの2曲に必要な要素は何と言っても「祈り」「懐の深さ」だと思うんですがアラウの演奏はまさにそういった意味では究極形だと思います。実演で聴いたピリスの3番もそこが見えない程の懐の深さうを備えた演奏で2楽章の冒頭は本当に一瞬周りが白くなって完全に魂が抜けた感覚に陥りました。あそこまで一音一音の情報量が多いピアノは生では初めてでした。実に稀有な体験で一生忘れられないコンサートです。ピリスは指使いを見ても分かるように最後の一音の際、指を鍵盤から離すのが早く下手にルバートをかけないので実に音が透明でペダルも良く活き、その上楽譜の処理の仕方も見事でした。
ベトのピアノ作品は6つのバガテルを頂点に深いものばかりです。一生かけて追い求めるに値するものだと心から思います。

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岡本 浩和

>Fumi君
若いのに本当にたいしたものです。なかなかこういうコメントは書けないよ。僕もFumi君にお会いすることができ、良かったです。幅が拡がりました。
そうね、おっしゃるように雅之さんの知識や聴き方は見習うところあるよね。とてもバランスが取れている。僕自身も教わるところ大で感心しっぱなしです。
>個人的にこの2曲に必要な要素は何と言っても「祈り」「懐の深さ」だと思うんですが
そうね、おっしゃるとおり!
>実演で聴いたピリスの3番もそこが見えない程の懐の深さうを備えた演奏で2楽章の冒頭は本当に一瞬周りが白くなって完全に魂が抜けた感覚に陥りました。
ほー、それは素晴らしい!聴いてみたかったなぁ。
>一生かけて追い求めるに値するものだと心から思います。
同感!

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雅之

横レスすみません。
Fumiさん
私のこと、お褒めいただき恐縮ですが、はっきり言って買いかぶり過ぎですよ(笑)。私がFumiさんの歳のころは、Fumiさんほどクラシック音楽のことは詳しくありませんでしたし、私はFumiさんや岡本さんみたいに海外での経験も豊富ではありません。私のほうこそ、いろいろ教えていただいて感謝しております。
一例をあげるなら、シューマンの「楽園とペリ」、昔からこの曲の存在は知っていたのですが、シューマン好きとしてはお恥ずかしい限りだったのですが、この歳までずっと真剣に聴かないままでいました。しかしFumiさんが推薦されていたので、昨年、思い切って堀俊輔&東響他のCDを購入し、
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1944009
対訳を見ながらじっくり聴きました。そして曲の素晴らしさを初めて堪能することが出来ました。
続いて、アーノンクール&バイエルン放送響他の同曲のSACDを買い、
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2689840
タワーレコードでは、シノーポリ&SKD他の同曲CDも買って、指揮者の好き嫌いは有ったものの(笑)、どれも感動して聴き終えました。いやー、本当にいい曲を知ることが出来ました。ありがとうございます。
ぜひ、また岡本さんや、ともみさんと、オフ会をやりたいですね!その時は、何が何でも東京に行きますよ!イギリスでの土産話も楽しみにしています!そしてこれからも有益な情報、いろいろ教えてくださいね!
では、また!

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岡本 浩和

>雅之様、Fumi君
オフ会いいですねぇ。Fumi君が帰国した折にはぜひやりましょう!

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