マリア・カラスのヴェルディ歌劇「アイーダ」(1955.8録音)を聴いて思ふ

第3幕最初のアイーダのロマンツァ「おお、わたしのふるさとよ」での、情感豊かな激しい歌唱が本当に素晴らしい。遠く故郷を思うアイーダの心情吐露。絶品だ。

おお私の祖国よ、もうお前を再び見ることはないのね!
ああ、青い空も、穏やかな故郷のそよ風も
そこでは穏やかに私の朝も輝いていたわ
おお緑の丘よ、香り立つ岸辺よ、
おお私の祖国よ、もうお前を再び見ることはないのね!

そして、その直後の父アモナズロとの二重唱も、アモナズロの柔和な声に対しアイーダの動揺隠せぬ感情の揺れの見事な表現。激しく、しかし優しい歌にはマリア・カラスならではの、誰にも真似のできない毅然とした、また大いなる自信が垣間見える。

1955年8月、ミラノ・スカラ座の「アイーダ」。
マリア・カラス扮するアイーダに、リチャード・タッカー扮するラダメス。
その上、アモナズロはティート・ゴッビが歌うのである。
全盛期のカラスの歌は筆舌に尽くし難い素晴らしさ。この頃の彼女の周辺は息詰まるほどの大変さだったが、それを超えるだけの夫メネギーニからの愛があった。結婚前のメネギーニについて彼女はかく語る。

こんな優しい人にめぐり会えたことを神に感謝しています。・・・彼は52歳ですが、どこをとっても健康そのものです。私たちは似た者同士で、深く理解しあっています。なんといっても、人生でいちばん大切なのは愛と幸福です。・・・生まれてはじめて、私は安心感にひたっています。でも、ご心配なく。いずれ彼と結婚するにしても、よくよく考え抜いた末のことです。・・・それにしても、やっと理想の男性に出会えたのですから、袖にしたら一生後悔するでしょうね。彼は私の望むかぎりのものを与えてくれるし、私を尊敬してくれます。・・・私たちは愛にまさる何かすばらしいもので結ばれているのです。
ステリオス・ガラトプーロス著/高橋早苗訳「マリア・カラス―聖なる怪物」(白水社)P177-178

それこそ赤い糸、すなわち縁というものなのだと思う。

どうやら今僕は、天才歌姫マリア・カラスが没した年齢にあるようだ。驚きである。
世界は確実に移り行き、すべては無常なのだが、自分の魂そのものは成長こそすれど不変なんだと想像する。僕自身は、50余年前から僕自身であり、当時の記憶を遡ってみても、感情や思考までもが明確に思い出せるゆえ。仮にそれがどれほど幼稚な発想であったとしても、今だと考えつかないような突飛だけれど斬新なアイディアが確かにあった。多少の鈍化はあるにせよ、言動のしくみは概ね変わっていない。

・ヴェルディ:歌劇「アイーダ」
マリア・カラス(アイーダ、ソプラノ)
リチャード・タッカー(ラダメス、テノール)
フェドーラ・バルビエリ(アムネリス、メゾ・ソプラノ)
ティート・ゴッビ(アモナズロ、バリトン)
ジュゼッペ・モデスティ(ランフィス、バス)
ニコラ・ザッカリア(エジプト王、バス)
エルヴィラ・ガラッシ(巫女の長、ソプラノ)
フランコ・リッチャルディ(使者、テノール)
トゥリオ・セラフィン指揮ミラノ・スカラ座合唱団&管弦楽団(1955.8.10-12, 16-20, 23&24録音)

マリア・カラスの普遍性。
終幕最後のアイーダとラダメスの崇高な二重唱「さようなら、大地、涙の谷よ」に思わず涙がこぼれる。

おお大地よ、さらば、さらば、涙の谷よ・・・
悲しみのうちに消えた喜びの夢
私たちには天が開かれ、このさまよえる魂は
永遠の日の輝きのもとへと飛んでゆく

死とは浄化なのであろう。
声にも当然オーラというものがあるのだと思う。他の歌手だけでなく、管弦楽の響きにも影響を及ぼすカラスの声。永遠である。

※文中太字歌詞対訳はサイト「オペラ対訳プロジェクト」より引用。

 

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2 COMMENTS

雅之

私が、いまや古いアナログ録音のCDにまったく食指が動かないのは、もはやアナログ磁気テープのマスター自体が経年劣化してしまい、発売当時のいい音から変質してしまい、もはや正当に評価するのが困難だろう悲しい現実があるからです。

光ディスクや磁気ディスクだって、寿命はそんなに長くはなさそうです。

・・・・・・現在、データの保存には、光ディスクやハードディスクが広く使われていますが非常に長期に渡ってデジタルデータを保存できる手段は存在しません。・・・・・・

・・・・・古代の粘土版とか和紙に記録された文字情報の寿命は、5000年とか1000年などと非常に長いものです。ただ、記録密度は、現在のデジタル媒体と比べると非常に低い。一方で、現在の光ディスク、ハードディスク、半導体メモリといったものの寿命はせいぜい10年から100年程度と言われています。・・・・・下のASCIIサイトより

http://ascii.jp/elem/000/000/743/743706/

こうして考えると古代エジプトのロゼッタ・ストーンなどは、最強の記録媒体かも・・・。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%BC%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3

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岡本 浩和

>雅之様

ハードの問題は、悲しいかな、おっしゃるとおりだと思います。
それでも、10代の頃聴きたくても聴けなかった、欲しくても手に入れられなかった音盤が吃驚するような価格で放出されているのを知ると、ついつい貪ってしまいます。(苦笑)
醜いことですが・・・。

>こうして考えると古代エジプトのロゼッタ・ストーンなどは、最強の記録媒体かも・・・。

技術的発展が必ずしも進化ではない象徴のようです。

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