フェリアーのグルック「あなたなしの人生とは?」(1944.6.30録音)ほかを聴いて思ふ

わずか41歳で没したキャスリーン・フェリアー。
彼女の歌声はなぜかくも哀しく響くのだろう。
声質が低く、しかもそのヴィブラートが、あの世とこの世を結ぶ、まるで「能楽」のような雰囲気を醸すのだから、昔はじめて聴いたとき、僕は恐怖で身震いしてしまった。何だか黄泉の世界からの伝令のように思えてならなかったのである。

オルフェオのアリア「あなたなしの人生とは?」の、涙なくして聴けぬ絶唱。
戦時中の、ジェラルド・ムーアを伴奏者としたその歌は、戦禍で命を落としたすべての人を悼む思いが込められているのではないかと思えるほど透明で、そして美しい。ここにあるのは希望。

いまわたしの頭には、たくさんの願望とか想念、他人への非難、告発の言葉、等々がこびりついていて離れません。みんなはどう思ってるか知りませんけど、ほんとにわたしって、それほど自惚れが強いわけじゃないんです。自分の短所や欠点だって、ほかのだれの場合よりも、よく承知しているつもりです。ただ、みんなとちがうところは、そういう自分を向上させたいと願っていること、きっと向上するだろうこと、そしてすでに、すくなからず向上していることです。
(1944年6月13日火曜日)
アンネ・フランク/深町眞理子訳「アンネの日記」(増補新訂版)(文春文庫)P545

連合軍の上陸作戦が成功裡にある中、そのニュースを聞いて飛び上がらんばかりに喜ぶアンネの心情が、悲観よりも希望を刻み、綴られる。まるで、隠れ家から秘かに発信を続ける彼女の想いが海の向こうのフェリアーに届き、影響を与えるかのよう。
オルフェオのアリアは、まさにこの頃にアビーロードの第3スタジオで録音されていたのである。

キャスリーン・フェリアー コンプリートEMIレコーディングス
・グルック:あなたなしの人生とは?~歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」
・ブラームス:愛のまこと作品3-1
・ブラームス:かわいい恋人よ(ドイツ民謡集第2巻第12番)
・エルガー:私の仕事は済みました~オラトリオ「ゲロンティアスの夢」作品38
ジェラルド・ムーア(ピアノ)(1944.6.30録音)
・グリーン:私は平和に横たわる(ローパー編)
・グリーン:神を讃えよ(ローパー編)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)(1944.9.30録音)
・ヘンデル:春が来る~歌劇「ゲルマニア王オットーネ」HWV15
・ヘンデル:ここに来て私を慰めておくれ~歌劇「ゲルマニア王オットーネ」HWV15
ジェラルド・ムーア(ピアノ)(1945.4.20録音)
・パーセル:トランペットが鳴り響き~「メアリー王女の誕生日のためのオード」
・パーセル:あてもなく人目かまわず歩きまわろう~「インドの女王」
・パーセル:羊飼いよ、羊飼いよ~「アーサー王」
・メンデルスゾーン:わたしは願う、わたしの愛を伝える作品63-1
・メンデルスゾーン:挨拶作品63-3
イゾベル・バイユ(ソプラノ)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)(1945.9.21録音)
・マーラー:亡き子をしのぶ歌
—いま太陽は輝き昇る
—なぜそんなに暗い眼差しか、今にしてよくわかる
—お前のお母さんが戸口から入ってくるとき
—ふと私は思う、あの子はちょっと出かけただけなのに
—こんな嵐に!
ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1949.10.4録音)

戦争の最中の音楽の儚さと不思議な力。フェリアーの声はたくさんの人々に勇気を与えたことだろう。

軍人、軍属以外のドイツ人女性および子供は、全員フローニンゲンやフリースラント、ヘルデルラントなどへ避難させられています。ミュッセルトは、もしも連合軍の攻撃がここまで迫ってきたら、自分も軍服を着ると声明しました。あのでぶの老人が、ほんとに戦うつもりでいるんでしょうか。もしその気があるんなら、とっくにロシア戦線で戦っていられたはずです。フィンランドは、しばらく前に和平提案を拒否し、いま交渉はふたたび決裂したままになっています。気の毒なおばかさんたち、きっとあとで後悔するでしょうに!
1ヶ月後の7月27日には、戦況はどこまで進展しているとお思いになりますか?
(1944年6月27日火曜日)
~同上書P557

アンネは、果たしてこの数ヶ月後に、ナチスにとらえられることになることなど予想もしていなかったのだろうが、行間にはどこか鬼気迫る「不安」が感じられる。彼女は15歳になったばかりなんだ。

フェリアーがヘンデルを録音し、そしてパーセルを歌ったその頃、アンネ・フランクの命はもはやこの世にはなかった。パーセルの諸曲での清澄な歌が魂を癒す。そして何より、その数年後、ワルター指揮ウィーン・フィルをバックに録音した「亡き子をしのぶ歌」の名唱が心に染みる。

 

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