グールドのR.シュトラウス ピアノ・ソナタ作品5(1982.7&9録音)を聴いて思ふ

私の初めの作品は《クリスマスの歌》(6歳の時)である。私は自分で音符を「描く」ことができたが、歌詞は母が書き足したものであった。つまり私は当時、小さな字が書けなかったのである。同じ頃のものには、さらに《仕立屋のポルカ》がある。それに続いたのが、ピアノ・ソナタや歌曲、ヴァルトホルンとクラリネットのための作品だった。マイアーのもとで管弦楽法を少し学んだ後には、合唱曲やオーケストラの曲も書いている。1881年にはレーヴィの指揮で《交響曲ニ短調》が初演(会場:オデオン)され、さらには《コリオラン序曲》に影響を受けた《序曲ハ短調》(これはなかなかの出来である)が書かれた。変ホ長調の《祝典行進曲》にいたっては印刷されるまでになった。
城所孝吉編訳「シュトラウス 若き日の回想」
日本リヒャルト・シュトラウス協会編「リヒャルト・シュトラウスの『実像』」(音楽之友社)P137

彼は、17歳にしてもう立派な、一流の作曲家だ。
ブラームスのような、構成のしっかりとした、重心の低い、そして浪漫の香り満ちるリヒャルト・シュトラウスの傑作。文字通り、第1楽章アレグロ・モルト・アパッショナート冒頭の主題の情熱的な響き。おそらく彼が、未来に向けて自らの信念を音に映しながら想像し、創造したであろう逸品。それを、死の1ヶ月前のグレン・グールドが、いつも以上に頻繁に例の鼻歌で彩りながら、自由闊達に奏するのである。展開部の低音部に聞こえてくるいわゆる「運命動機」が、どこか不吉な予感を醸すのは、果たして彼が深層で自身の死を予感していたからなのかどうなのか。
続く、第2楽章アダージョ・カンタービレ主部の、グールドがかつてブラームスの間奏曲集を録音したときのような、あの優しくも静かで哀しい音調が、僕たちの心を癒す(一方、中間部の躍動は、若きシュトラウスの喪失の慟哭の様にも聞こえる)。また、第3楽章スケルツォの軽快な可憐さはいかにも少年の音!そして、終楽章アレグレット・ヴィーヴォの、自由を謳歌すべくすべてを手放すような精神の高揚と、一方で深い沈潜を伴う音楽は、グールドの愛の支配によるものなのか。
グレン・グールドはリヒャルト・シュトラウスをかく擁護する。

シュトラウスは、だれかがその長所を世界に向かってことさらもち上げる必要などまったくないにせよ、その評判は歳月とともにおそらくわれわれの時代のほかのどんな音楽家より不当に低くなっている。一見これはかなり意外な発言に思えるかもしれない。今日シュトラウスはかつてなかったほど頻繁に、熱心に演奏されているからだ。わたしがいま言おうとしているのは、夜な夜なわれわれのあいだから山頂のツァラトゥストラに向かって舞い上がる、あの指揮台のゲルマンの獅子たちではない。あるいは、クリソテミスや元帥夫人によってこのうえない大きな挑戦、たしかな成功を保証されている、オペラ舞台のあの手管に長けた牝虎たちのことを言っているのではない。そうではなくて、わたしが言いたいのは、音楽趣味の潮流を性急に支配しようとして、老シュトラウスをロマン派用の墓所へあわてて葬ろうとする、妄想からくる卑怯な動きである。19世紀の偉人のくせに図々しくも20世紀に入って50年も生きながらえた人物、というわけだ。
「リヒャルト・シュトラウス論」(1962)
ティム・ペイジ編/野水瑞穂訳「グレン・グールド著作集1―バッハからブーレーズへ」P136

とにかく楽しくて仕方がないという印象。
もはやこれで終わりとは到底思えない圧倒的パワーとエネルギー。

リヒャルト・シュトラウス:
・ピアノ・ソナタロ短調作品5(1881)(1982.7.2&9.1-3録音)
・5つのピアノ小品作品3(1881)(1979.4.23, 8.6 &9.5録音)
グレン・グールド(ピアノ)

5つの小品作品3の第3曲ラルゴの、まるでシューベルトの旋律のような美しさ。そして、終曲アレグロ・マルカティッシモの堂々たる威容。グールドの演奏は、どこまでも気を衒わず、シュトラウスの個性に寄り添ったもの。通底するのは、やはり愛だ。

リヒャルト・シュトラウスの音楽で偉大なことは、それが芸術のドグマ主義のすべて—様式、趣味、語法のすべての問題—、薄っぺらで時代に遅れた年代学者のすべての偏見、そうしたものを超越する一つの証しを提供し具体化して見せることである。それは、自分自身が生きる時代の一部にとり込まれないことによって自分自身の時代をより豊かにし、どの世代にも属さないことによってあらゆる世代の代弁をする人間の事例をわれわれに示している。それは個性の最高の証明であり、人間は時代が押しつける一律性に縛られることなく、自分自身の時代統合法を創造できることの証明なのである。
~同上書P145

リヒャルト・シュトラウスは確かに個性的である。しかし、それよりもっと個性的なのはグレン・グールドその人。シュトラウスを袈裟に、自分自身であれ!自らを貫けとグールドは言うのだ。

 

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