
クララ・ハスキルのドメニコ・スカルラッティは陰陽に富み、とても心地良い。
透き通った、スカルラッティの想いがこもった母性の歌。
スペイン王妃マリア・バルバラのために書かれたソナタには、老境のドメニコの、可憐な王妃を思う愛がある。
彼女(マリア・バルバラ)は公衆の前では朗らかで、舞踊と音楽にことのほかご執心であった。しかし、彼女は夫の生まれつきの憂鬱癖を分かち合っていた。彼女は孤独な時間を、2つの好ましくない不安に苦しめられていた。ひとつは困窮への不安で、夫より長生きしたスペイン王妃のよくある末路であり、もうひとつは自身の突然死への恐れであって、こちらは彼女の喘息の苦しみと多血質を考えるとあり得なくもなかった。
(ウィリアム・コクセ)
~ラルフ・カークパトリック著/原田宏司監訳・門野良典訳「ドメニコ・スカルラッティ」(音楽之友社)P126
慰めだ、そして癒しだ。
ドメニコの深層心理を見事に言い当てるハスキルの表現力は並みでない。古い録音から湧き立つ微かな愛の匂いに僕は思わず恍惚となる。
ハスキルの弾くソレールがまた美しい。
1765年、スカルラッティのスペインにおける高弟アントニオ・ソレール神父が、《スカルラッティのハープシコードのための13巻》に言及している。(・・・)ソレールの「転調論」の中には謎めいた文章がある:(・・・)そして、それが正しくないと証明された以上、前例として用いないように、と申し上げたいそして、もしスカルラーティの作品の中でそのような記号に出会ったならば、それは彼の記譜ではなく私によるものと考えてほしい。
~同上書P159
カークパトリックは、この言をもって、ソレールがスカルラッティのソナタの筆写をした可能性があると推測しているが、果たしていかに。
古を想像することの面白さ。謎は謎のままで良し。
音楽を聴きながら空想に浸る愉しさよ。
これぞ右脳全開。ハスキル晩年のモーツァルトは、気迫に満ち、素晴らしい。