どういう基準で選ばれたものなのかはわからない。
それぞれ抜粋でありながら、モスクワ音楽院コンサートホールを訪れた稀代の大演奏家たちが残した音源が(限定プレスとはいえ)世に送り出された意義は真に大きい。それぞれが「超」のつく、素晴らしい演奏であり、中には歴史的に貴重なシーンも含まれているのだからファン垂涎の貴重なセットなのだろう(もはや手に入らないだろうことが非常に残念だが)。
それにしてもモスクワ音楽院の音は熱い。いや、というより不思議と温かい。
木の温もりとでもいうのか、すべての音楽がとても人間的に感じられるのである。
モスクワ音楽院大ホール100周年サウンド・ヒストリー1950-2000
・リャードフ:「音楽の玉手箱」作品32
ウラディーミル・ソフロニツキー(ピアノ)(1951.11.21Live)
この6月に聴いたマツーエフによる実演も素晴らしかったけれど、古い音質を超え迫る心を感じるソフロニツキーに乾杯。
・プロコフィエフ(フィヒテンホルツ編曲):バレエ音楽「シンデレラ」作品87-16~冬の妖精
ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
ウラディーミル・シュライブマン(ピアノ)(1951.11.20Live)
ヴァイオリンの高音の幻想的で柔らかな音色、そして中低音の深みのある音色にオイストラフの天才を思う。名曲だ。
・リスト:「ヴェネツィアとナポリ」S162-3(巡礼の年第2年「イタリア」)~タランテラ
グリゴリー・ギンズブルク(1952.10.23Live)
ギンズブルクの優雅なリスト。しかし、僕はやっぱりリストについてはシンパシーを覚えない。
・シチェドリン:ピアノ協奏曲第1番(1954)第4楽章プレスト・フェストーソ(世界初演)
ロディオン・シチェドリン(ピアノ)
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ音楽院管弦楽団(1954.6.1Live)
そして、世界初演であったシチェドリン自作自演による協奏曲から。ラヴェルの協奏曲にも通じる狂騒と囁きの対話が圧巻。シチェドリンのピアノもさすがだ。
・ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調(1931)第3楽章プレスト(アンコール)
マルグリット・ロン(ピアノ)
キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団(1955.4.12Live)
自家薬籠中だけあり、ロンのピアノが奔放に跳ねる。音質は決して良いとは言えないが、実にニュアンス豊かな音楽が奏でられる。
・ハイドン:交響曲第102番変ロ長調HobⅠ:102~第4楽章プレスト
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(1956.9.9Live)
ミュンシュの激しい指揮姿が思い浮かぶようなプレスト!音楽は跳ね、歌い、悦びを爆発させる。
・アントニオ・ロッティ:モテット「十字架につけられ」
アレクサンドル・スヴェシニコフ指揮ロシア国立アカデミー合唱団(1957.4.9Live)
魂の奥底からの叫びが聴こえるロッティのモテットに釘付けになった。あまりの慟哭に心が震えた。
・シューマン/リスト:「君に捧ぐ」S.566
ヴァン・クライバーン(ピアノ)(1958.4.18Live)
それゆえに、次のこのクライバーンによるリストがどれほど愛らしく聴こえることか!
・ベルリオーズ:「ローマの謝肉祭」序曲作品9
サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1956.9.20Live)
ボールト&ロンドン・フィルの分厚いサウンドが華麗に響く。各ソロの技量もなかなかのもの。
・トスティ:マレキアーレ(サルバトーレ・ディ・ジャコモ原詩)
ティート・スキーパ(テノール)
ミハイル・エロキン(ピアノ)(1957.8.16Live)
もともと声量がさほどでないスキーパの歌は、さすがに68歳だけあり、年の功か何なのか、実に巧い。
・サラサーテ:バスク奇想曲作品24
レオニード・コーガン(ヴァイオリン)
キリル・コンドラシン指揮ソヴィエト国立交響楽団(1959.5.24Live)
このラテン系音楽が、コーガンが演奏するとロシア的哀感溢れる音楽に変貌するのだから面白い。
・ヴィヴァルディ:オラトリオ「勝利のユディタ」RV644-3~ホロフェルネスのアリア
ザラ・ドルカノヴァ(メゾソプラノ)
ルドルフ・バルシャイ指揮モスクワ室内管弦楽団(1960.3.1Live)
ヴァイヴァルディの天才を思う。ほとんど知られていないであろうオラトリオでありながら、そのアリアの劇的な美しさに心動く。
・ハチャトゥリアン:バレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞い
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(1958.5.30Live)
ソヴィエトの人々はフィラデルフィア・サウンドに何を思ったのか?意外にそっけない拍手が気にかかる・・・。
・ドビュッシー:ベルガマスク組曲(1905)~月の光
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)(1964.1.4Live)
そうして、リヒテルの「月の光」!!ゆっくりと溜息をつくように歌われる後半部の美しさ!!
・プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」第3幕~リューのアリア
ミレッラ・フレーニ(ソプラノ)
アントニオ・トニーニ(ピアノ)(1964.9.14Live)
自死を目前にしたリューの最後の決意をフレーニが見事に歌い切る。何という素晴らしさ。
・ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」~ロシアの踊り
イーゴリ・ストラヴィンスキー指揮モスクワ国立フィルハーモニー管弦楽団(1962.10.8Live)
あるいは、ピアノが弾け、音楽は躍動する。名作バレエの自作自演は真に堂に入る。
・ラフマニノフ:前奏曲ト短調作品23-5
エミール・ギレリス(ピアノ)(1962.4.9Live)
何と良く指が回り、激しい打鍵においても濁りのない音よ。それでいて哀切溢れる表現の妙。
・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3ホ長調BWV1006~第3曲「ガヴォットとロンドー」
ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン)(1963.12.26Live)
メニューインのヴァイオリンの音は、残念ながらか細い。しかし、少なくともこの実況録音は音楽的には豊潤だ。一人の聴衆のフライング気味の「ブラヴォー」の掛け声が浮いていて面白い。
・ヴィヴァルディ: 4つのヴァイオリンのための協奏ロ短調RV 549~第2楽章ラルゴ、ラルゲット&第3楽章アレグロ
ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
レオニード・コーガン(ヴァイオリン)
イーゴリ・オイストラフ(ヴァイオリン)
パヴェル・コーガン(ヴァイオリン)
ミハエル・テリアン指揮モスクワ音楽院室内管弦楽団(1966.10.18Live)
オイストラフ父子とコーガン父子による協奏曲は、それこそ人間愛と喜びに溢れる音楽。何と息の合った美しさ。
・ショスタコーヴィチ:ソプラノとピアノ三重奏のための「アレクサンダー・ブロークによる7つの歌」作品127~第7曲「音楽」(世界初演)
ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(ソプラノ)
モイセイ・ヴァインベルグ(ピアノ)
ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)(1967.10.20Live)
世界初演という緊張感ある現場であるにかかわらず、ヴィシネフスカヤの最高の歌唱と、それを支えるトリオの深遠なパフォーマンスに感服。さすがである。
・チャイコフスキー(プレトニョフ編曲):バレエ音楽「くるみ割り人形」~アンダンテ・マエストーソ
ミハイル・プレトニョフ(ピアノ)(1982.10.18Live)
「パ・ド・ドゥ」はチャイコフスキーが生んだ最美の旋律の一つだろう。プレトニョフによるピアノ編曲版においても右手のトリルを伴奏に弾かれる左手の重厚でありながら可憐なメロディに感涙。
・プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」組曲第2番~第1曲「キャピュレット家とモンターギュ家」
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団(1982.10.24Live)
阿鼻叫喚のプロコフィエフ。晩年に至ってもムラヴィンスキーの棒は冴え、レニングラード・フィルの咆哮は相変わらずだ。
・スカルラッティ:3つのソナタ(ロ短調L.33,ホ長調L.23, ホ短調L.24)
ウラディーミル・ホロヴィッツ(ピアノ)(1986.4.20Live)
ホロヴィッツがみたび復活し、祖国に帰還しリサイタルを催した際の美しきスカルラッティ。音楽は清く澄み、聴く者の涙を誘う。
・シュニトケ:ヴィオラ協奏曲(1985)~第1楽章ラルゴ
ユーリ・バシュメット(ヴィオラ)
レオニード・ニコラーエフ指揮モスクワ音楽院管弦楽団(1990.5.20Live)
沈潜し行く中に潜む過激な美。ショスタコーヴィチを髣髴とさせるシュニトケの暗澹たる音楽がバシュメットの繊細なヴィオラを得て、僕たちの魂をかきむしる。オーケストラの巨大な爆発も素晴らしい。
・ラフマニノフ:「私の窓辺に」作品26-10(ガリーナ原詩)
エレーナ・オブラツソヴァ(メゾソプラノ)
ワーツァ・チャカーワ(ピアノ)(1991.10.1Live)
何と幻想的なラフマニノフ!この短い歌に詩にある通りの甘い香りが漂う。
・アルビノーニ(ジャゾット編曲):アダージョ
ウラディーミル・スピヴァコフ指揮モスクワ・ヴィルトゥオーゾ室内管弦楽団(1992.5.21Live)
有名なあの「アダージョ」とは異なる3分半ほどの短くも美しい音楽。スピヴァコフのヴァイオリンが泣く。
・チャイコフスキー:弦楽六重奏曲作品70「フィレンツェの思い出」~第2楽章アダージョ・カンタービレ・エ・コン・モート
ユーリ・バシュメット(ヴィオラ)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ボロディン弦楽四重奏団(1995.1.19Live)
また、何と豪華なメンバーであることか!それだけでチャイコフスキーの六重奏曲が輝くが、重鎮たちは互いに主張し過ぎることなく見事に融け合い、美しいアダージョを聴かせてくれる。
・ワーグナー:歌劇「ローエングリン」~第3幕への前奏曲
ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団(1998.12.19Live)
少々大人しく聴こえるゲルギエフのワーグナー。その分、弦楽器にも金管にも余裕があり、充分に音楽を堪能させてくれる。聴衆の熱狂も半端でない。
・モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527~第1幕ドン・ジョヴァンニのアリア
ドミトリー・ホロストフスキー(テノール)
ミハイル・アルカディエフ指揮モスクワ国立フィルハーモニー管弦楽団(2000.1.8Live)
ホロストフスキーのブレスの深さ、美声、表現力とどこをどう切り取っても最高のドン・ジョヴァンニ!!
・J.S.バッハ:「クリスマス・オラトリオ」BWV248~第54曲合唱「主よ、勝ち誇れる敵どもの息まくとき」
ヴィクトール・ポポフ指揮アカデミー・オブ・コーラル・アート
ヘルムート・リリング指揮モスクワ・ヴィルトゥオーゾ室内管弦楽団(2000.12.15Live)
嗚呼、崇高なリリングのバッハ。
全30曲。あまりに充実しており、時間があっという間に過ぎていく。
モスクワの憂愁。嗚呼。
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