徳川眞弓ピアノ・リサイタルwith C.W.ニコル

一聴、穏やかで柔和で、しかもとても真面目な方なんだろうと想像した。それに、実際は天衣無縫な面も持たれていることも何となく感じられた。
来月18日、”Music Door Academic~ドビュッシー生誕150年記念”(主催:Maggiolata)徳川眞弓さんのリサイタルでナビゲーターとして出演させていただく運びとなった関係で、徳川さんの本日のリサイタルに伺った。仕事の都合で会場着が開演から5分ほど過ぎた頃。ロビーではスピーカーを通じてモーツァルトが流れていたが、その音や音楽作りを拝聴させていただくや冒頭の感想が頭に浮かんだ。
今回のリサイタルでは作家・ナチュラリストのC.W.ニコルさんと共演されるというので、何故ニコルさんなんだろうという半ば疑問とそれはそれで面白そうだという期待が錯綜・・・。

徳川眞弓ピアノ・リサイタルwith C.W.ニコル 「子どもの領分」
2012年7月17日(火)19:00
東京文化会館小ホール
徳川眞弓(ピアノ)
谷川俊太郎(詩)
C.W.ニコル(朗読)

・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調K.333
・ショパン:スケルツォ第2番変ロ短調作品31
・ショパン:練習曲ホ長調作品10-3「別れの曲」
・ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調作品53「英雄」
休憩
・ドビュッシー:子どもの領分
-グラドゥス・アド・パルナッスム博士
-象の子守歌
-人形へのセレナード
-雪は踊っている
-小さな羊飼い
-ゴリウォーグのケークウォーク
・ドビュッシー:沈める寺~前奏曲集第1巻
・ドビュッシー:喜びの島
~アンコール
・グルダ:アリア

実際に僕が聴けたのは2曲目から。これらのショパンがまた面白かった。テンポは遅め、しかもほとんどインテンポで、かつなるべく強音に頼らずという表現。とはいえ、単に機械的な演奏というのではなく、内燃する情熱というか良い意味でのエゴが炸裂する、強いていうなら「大きな」ショパンだった。これほどまでに揺れず、これほどまでにぶれないショパンをかつて聴いたことがあるか?ルービンシュタイン?いや、彼の場合はもっと音を最大限に鳴らすことに意識が集中されていた。徳川さんの場合違う。それでいて音が繊細で滑らかなのだ。何とも不思議なものである。

休憩を挟み後半はいよいよメイン・プロ。
谷川俊太郎氏が今回の公演のために書き下ろしたという「子どもの領分」への詩は圧巻。しかしながら、僕的にはニコルさんの朗読は、正直最初いまひとつの印象だった。それと、徳川さんのドビュッシー。これはぼんやりとした印象派風のドビュッシーではなく、まるで硬筆で描いたようなドビュッシーだと直感。やっぱり真面目な方なんだと・・・。
ところが、曲が進むにつれ、このまた真っ直ぐで輪郭が明晰なドビュッシーがわかりやすくてすごく良いのである。
ピアニストご本人の解説によると、次の「沈める寺」にも詩作を依頼したのだと。しかし、谷川さんは書けないと断ってきた。なぜなら、どうしてもこの曲に昨年の東日本大震災のことがオーバーラップしてしまうからなのだと。
確かに、「沈める寺」は「一夜にして海中に沈んでしまったイスの街。晴れて海が澄んでいるときには、海の中にはカテドラルが見え、鐘やオルガンの音、修道士たちの聖歌も聴こえる」というブルターニュ地方の伝説に基づいて創作されたものだ。いかにも谷川さんらしい。

最後のアンコールは飛び切り素敵だった。グルダのアリアとは!この曲を聴いて、徳川さんが四角四面の真面目人間でなく、実に自由奔放さを持った人なんだと感じた次第。グルダらしい夢見るような素晴らしい音楽だ。
そして、この「アリア」が終わるなり、徳川さんがもう1曲弾き始めた。何と”Happy Birthday”。どうやら今日はニコルさんの72回目の誕生日なのだと(辰年生まれの年男らしい)。ここでニコルさんも再度舞台に登場して、会場はひとつに。ニコルさんは若い頃、50年前に北極の越冬隊に参加されていたそうで、「喜びの島」を聴くとその時の光景を思い出すのだというエピソードを披露。そんな思い出話を聴かせていただきながら会は閉じられた。
ついでにCD即売&サイン会も催されていたので、サインもいただいて。
何とこのCDは興味深い楽曲がいくつも収録されており、面白そうなので速攻購入。聴き込んで、いずれ記事にしようと思う。
それと、8月18日(土)の公演については一両日中にブログに書く予定。ご興味ある方はぜひご来場ください。


6 COMMENTS

雅之

おはようございます。

>ついでにCD即売&サイン会も催されていたので、サインもいただいて。

CDは「コンサート会場で記念に買う」、これが理想の買い方なのだと、今は確信しています。CDという商品が幸せに生き残る方法は、これしかないのでは?

最近興味深い話題がありましたよね。

日経トレンディネット《麻倉怜士が喝! 「お持ち帰りCD」の成功が導く音楽産業の新たな道》より

・・・・・・最近驚いたのは、「お持ち帰りCD」という新たなCDパッケージの取り組みです。

 2012年1月に東京の3会場で奥田民生さんがライブイベントを開催しました。NHKホール 2公演、府中の森芸術劇場で1公演、渋谷公会堂で1公演の計4公演です。ここで「お持ち帰りCD」という、ライブ演奏がそのまま入っているCDを発売したら瞬時に完売したというのです。

府中の森芸術劇場で500セット、NHKホールは750セットが2公演分、渋谷公会堂で600セットです。関係者に聞いたところ、最初は「そんなもの売れませんよ」という話だったのが、7日の府中の森芸術劇場からはじまって11日、12日(どちらもNHKホール)、31日(渋谷公会堂)と評判が上がってきたそうです。

 2回目の公演からは午後3時に売り出して、そこで4000円払って引換券をもらうというスタイルだったのですが、750セットしかないので売り出し前に列ができて即座に完売しました。

 そのやり方はこうです。ライブは第1部と第2部があり、その後にアンコールがあります。第1部の演奏を録音しておいて、それを第2部の演奏時に編集・マスタリングしてデュプリケート(複製)します。第2部の内容はアンコールを長めに演奏してもらっている間にマスタリングしますが、それでも間に合わないので30分ほど待ってもらいます。できあがったら引換券とCDとを交換するというものです。

 価格は2枚組で4000円です。1人1枚という限定で販売したのですが、先日オークションで5万円前後まで行ったそうです。その値段でも買う人がいるということです。
(中略)
 従来は音楽産業の中にパッケージビジネスがあり、違うカテゴリーとしてライブコンサートビジネスがありました。今はCDは元気がないのですが、その一方でライブは勢いがあります。実際にポップス、演歌、クラシックと実に多数開催されていて多くのファンを動員しており、リピーターも多くいます。

 そのライブの感動をすぐにパッケージ化できるのであれば、ニーズは大いにあると思います。ライブに足を運ぶぐらいですからアーティストやその世界観が好きなわけで、ライブならではのパッケージが得られるのであればそれこそが一番貴重なものでしょう。ライブ演奏はそこにしかない演奏なので、まさにワンアンドオンリーのコンテンツです。
(中略)
 お持ち帰りCDのように、ライブの熱気をそのまま真空パックにしたようなものだったら、パッケージ自身が重要な価値を持ちます。パッケージの“外側”はただの入れ物ですが、その中には「普通のCDでは聴けない」とか、「ライブに行かないと聴けない」「ライブ会場でしか買えない」といったたくさんの価値が入っています。そういう意味で、同じCDでもまったく新しいジャンルといっていいでしょう。

 従来からの編集して制作するCDというジャンル、そのほかにライブCDというジャンルもありますが、「お持ち帰りCD」は「ピュアライブCD」とでも言えましょうか。従来の「ライブCD」という概念とは違います。音楽産業全体の中ではパッケージは低下傾向ですが、パッケージじゃないと感動が感じられないという意味で画期的だと思います。

 もちろん、お持ち帰りCDもデジタル信号ですから、ファイルをサーバーにアップロードすればダウンロード購入という道もありますが、それはちょっと違うんですよ。その場でライブを見た、聴いた人が30分後にもう一回そこにいって引換券を渡して出来たてのCDを手にする。パッケージのデザインもちゃんと施され、まさに出来たてのスーベニア(お土産)なのです。

 しかも自宅に帰って聴いてみると、3時間ぐらい前に感じたばかりの熱気がよみがえります。そういうトータルの流れの感動がお持ち帰りCDにはあります。音楽の歓びをさらに倍加させてくれる1つの道具であり、そこにパッケージが持つエモーショナル(情感的)な、つまりパッケージじゃないと持てない感動性があります。・・・・・・
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20120619/1041568/?P=1

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。

>CDは「コンサート会場で記念に買う」、これが理想の買い方なのだと、今は確信しています。CDという商品が幸せに生き残る方法は、これしかないのでは?

同感です。
できたてほやほやのライブCDの即売会は魅力的ですよね。
僕なら間違いなく買います。

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アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » サンソン・フランソワのドビュッシー集!

[…] ここしばらくドビュッシーに浸ると宣言しながら浸っていなかった(笑)。 でも、今夜はドビュッシーに浸る。サンソン・フランソワが最晩年に録音した「ドビュッシー集」(ピアニストの急逝により全集完結ならなかったもの)!! 昨日、徳川眞弓さんと主催の浅倉さんを交えて18日のリサイタルの最終打ち合わせをさせていただいた。実際に徳川さんの奏でる音楽を聴きながら、どういう流れにするかなど。 結果、7月のC.W.ニコルさんを迎えてのリサイタルの時と同様、「子供の領分」では谷川俊太郎さんがこのために書き下ろされた詩の朗読が再度披露されることになった。楽しみである(と共にいよいよ緊張してきた・・・)。 […]

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