ポゴレリッチ ショパン スケルツォ全集(1995.9録音)

パートナーを失ってからのイーヴォ・ポゴレリッチの演奏は、一時バランスを崩してしまった。それはそれで興味深い解釈の連続で、好事家からすればそれもまた好しともいえる好演だったのだが、当然のことながら賛否は二分された。否、というよりほとんどが「否」のほうだっただろうか。余程のフリークでない限り愛想をつかした人も多かったのではないかと思われる。

自分を見失い、泥沼にはまり込んでゆく彼の姿はある意味痛々しかった。手探りで自分自身を見つけようと彼が必死に音楽と対峙したであろうことは明白だ。確かに現在では、生まれ変わったポゴレリッチの、ポゴレリッチらしい演奏がコンサートでは聴くことができる。それはとても感動的なものだ。

しかしながら、やはり師であり、妻でもあったアリス・ケザラーゼの存在はとても大きかった。師との二人三脚での最後の録音となったショパンのスケルツォ全集を久しぶりに聴いて、僕はその思いを一層強くした。

ここにはオーソドックスなショパンはいない。
あくまでポゴレリッチ流のショパンなのだが、たとえ奇抜で極端な解釈であれ、現在のコンサートで聴かれるような耳をつんざく極限の大仰な打鍵は聴き取れず、静かに、誠意をもって音楽が紡がれてゆく様に、自然体のショパンを僕は垣間見る。おそらくここには神が降臨があるように思われる。

ショパン:
・スケルツォ第1番ロ短調作品20(1833)
・スケルツォ第2番変ロ短調作品31(1837)
・スケルツォ第3番嬰ハ短調作品39(1839)
・スケルツォ第4番ホ長調作品54(1842)
イーヴォ・ポゴレリッチ(ピアノ)(1995.9録音)

第1番ロ短調作品20の、弱音部での何とも心地の良い、エロティックな響きが僕たちの心を捉える。ポゴレリッチはピアノを通じてショパンの心の襞を慈愛をもって隙間なく埋めるように弾く。何て優しいショパン。
有名な第2番変ロ短調作品31を、ポゴレリッチはとても丁寧に、一音一音を大切に奏でる。大見得を切って和音が鳴らされる瞬間の熱波は、多少の抑制が効いていることもあり、うるさくならず、とても純粋に耳を傾けることができる。ここには希望のショパンがある。何て美しい音楽なのだろう。
第3番嬰ハ短調作品39は、ショパンの男性的な側面が朗々と語られる、堂々の大演奏。白眉は第4番ホ長調作品54だ。脱力のショパン、癒しのポゴレリッチ。

この時期(ジョルジュ・サンドとの8年に及ぶロマンス)、ショパンは内面の混乱で深く悩むことが多かった。彼自身の表現を借りれば、「コントラバスにヴァイオリンの一番細い弦を張ったような」心理状態だったという。ジョルジュ・サンドは、彼の内面の悲痛の原因を、ある日こう明らかにする。「私たちの関係は、この地上で彼に天上の喜びをもれなく与えましたが、その心の中に、消えることのない地獄への恐れを引き起こしました。二人の関係が、教会の祝福するところとはならなかったからです」。
パトリック・カヴァノー著/吉田幸弘訳「大作曲家の信仰と音楽」(教文館)P100-101

ショパンの内面については、誰が何と言おうと、本人にしかわからないもの。サンドの言葉ですら彼女の視点に立ってのものでしかない。しかし、それでもショパンの遺した音楽は永遠だ。そして、イーヴォ・ポゴレリッチによる再生も永久だ。

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5 COMMENTS

桜成 裕子

 おじゃまします。このCDを聴きました。ポゴレリッチがなぜショパンコンクールで予選落ちをしたのか、その理由を改めて突き付けられる気がしました。しかし、その演奏はなんと魅力的なのでしょうか! 今までショパンのスケルツォは2番は馴染みがありますが、あとのはじっくり味わったのは今回が初めてかもしれません。急・緩・急の急はあまりに速く(記憶の中のテンポより)、緩はあまりに遅く、つまり急と緩の差が激しいのがどの曲にも共通していて、「急」では目くるめくような迸る激情と苦悩に翻弄され、「緩」ではしみじみとした幸福と癒しに浸る、その落差が半端ではない分、強烈に感じられます。それはここにサンドの言葉として書かれている「地獄の恐れと天上の喜び」のようにも感じられました。
 ピアノの師、ケゼラーゼ氏が亡くなって鬱状態である、と伝え聞いた後、復活してからのポゴレリッチについて、「指導者の指導の下であのような素晴らしい演奏ができていただけだ。」と言う人がいました。でも私はそう思いません。このスケルツォを聴いてますますそう思いました。ここで聴かれる統制と静謐さは心の中に真の熱い感情、優しさ、感謝、愛情がないと表せないと信じます。ポゴレリッチを知って何年も経ったある日、YouTubeでショパンコンクールで演奏するポゴレリッチを偶然目にしました。その姿に、人間がピアノを弾くこと、について何か哲学的な感慨のようなものを感じました。要するに、無心にピアノに没頭する姿に感銘を受けたのだと思いますが、このような経験は空前絶後でして、何か尋常ならざるものを感じます。ポゴレリッチにとって、ケゼラーゼ先生は、普通のピアニストにとってのピアノの先生ではなく、一心同体でなくては一日も暮らせない、人生=芸術ではなかったのでしょうか。今まではピアノの師がいつか恋愛の対象になったくらいに考えていたのですが、改めて考えると、そのような生易しいものではなかったと思われてきます。ここからは、少し言うのが憚られますが、ケゼラーゼ氏との死別で、ポゴレリッチの「コントラバスに張られた細い弦」が切れてしまったのではないでしょうか。演奏を司る情緒的な部分にダメージを受けたのではないでしょうか。これはあんまりなので、他の人に賛成してほしいとは思わないのですが、私の正直な感想です。それなのに、なぜリサイタルに行きたいかというと、昔のポゴレリッチが戻ってきているのでは?という期待感だと思います。なんて失礼なことでしょう。でもそれほどまでにCDに遺されたポゴレリッチを哀惜するものです。岡本様がここで書かれているように、このスケルツォの録音は永遠です。
 

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

夫婦は対(つい)であり、また対(つがい)でもありますから、通常は文字通り正反対の者がくっつくのだと言われますよね。陰陽相対の世界にあって、それは当然ことで、ポゴレリッチの場合も夫婦で一つというバランスの中で名演奏が仕上がっていたのだと想像します。一方が亡くなればバランスを失することは起こるべくして起こることで、彼のしばらくの迷走は致し方ないことであり、しかし、本来の、孤高の道を見いだすうえで必要な期間だったのだろうとも思うのです。
昔とはまた違った意味で、真のポゴレリッチの演奏が今は楽しみです。

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桜成 裕子

岡本 浩和 様

 はい、私も事情が許す限り、聴きに行きたいと思います。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

今はコロナ禍の影響でコンサート自体が減り、特に来日アーティストのものはほぼ全滅ですから、次回いつ聴けることやらですが。現時点では僕も今年2月のポゴレリッチのリサイタルが最後になっています(少なくともあれが聴けて良かったと思いますが)。

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桜成 裕子

岡本 浩和 様

 はい、あの時大阪に行くのも幾ばくかの心配があり、会場でも多くの人がマスクを着けていたのを思い出しますと、ぎりぎりのタイミングで聴くことが出来たのかな、と思います。良かったです!

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