ワルター指揮ウィーン・フィル モーツァルト 交響曲第40番K.550(1952.5.18Live)ほか

青年・宇野功芳と巨匠ブルーノ・ワルターの手紙での交流が興味深い。

あなたの手紙にあったご要望ですが、バッハの《マタイ受難曲》とベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》のレコードを作るという冒険的な企画は、この高齢ではもはや不可能なのです。
(1960年8月11日付、ブルーノ・ワルターから宇野功宛書簡)
宇野功芳編集長の本「没後50年記念 ブルーノ・ワルター」(音楽之友社)P16

最晩年のブルーノ・ワルターが「マタイ受難曲」と「ミサ・ソレムニス」のレコーディングを行っていたらと想像するだけで胸が熱くなる。別の書簡で若き宇野さんに日本の格言を学ぶこととパウロの書簡を読むことを薦めたワルターの、哲学的思念と永遠という概念についての、敬虔なる信仰心の大本がきっとはっきりと記されたことだろうと思うと、それはそれで残念でならない。

演奏活動において、ワルターはいつも冒険心をもって臨んでいた。

全編どこを切り取ってみても、モーツァルトの音楽、ウィーン・フィルの艶やかで叡智に富んだ音、ワルターの絶妙な指揮が黄金の三角形を築いているのだ。
~同上書P189

平林直哉さんのこの言葉がこの音盤のすべてを語り尽くしているように思う。
魅惑のト短調交響曲。40年前、初めて耳にしたとき、僕は腰を抜かした。

モーツァルト:
・交響曲第40番ト短調K.550(1952.5.18Live)
・交響曲第25番ト短調K.183(1956.7.26Live)
ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ムジークフェラインザールにおける第40番第1楽章モルト・アレグロ、主題の上行ポルタメントと、ワルター常套のルフト・パウゼで有名なこの演奏は、「永遠」という言葉が相応しい。上ずった感情はあまりに人間的で、また突然現れる「間(ま)」は、「魔(ま)」のようで、その一瞬に永遠を観るのである。

そして、ザルツブルク祝祭劇場での第25番。第1楽章アレグロ・コン・ブリオの、こちらの有名な、嵐のような音楽は、おそらくベートーヴェンの模範となったものだと想像できるが、ここでのワルターの、抑制の利いた、それでいて、熱の入った演奏はとても理想的なものだ。

時によってテンポが速くなったり遅くなったりすることや、演奏によって表現が変わる理由は、私自身にも分からないのです。私は理性で音楽に取り組んでいるわけではありません。私は自分の演奏を論理的に説明できたためしがないのです。私が音楽を創る手段は、その作曲家の作品を演奏するたびに、作曲家の意図にできる限り近づこうとすること、そしてそれぞれの演奏に不可欠な意味を持つ自発性、それだけです。それらが表現の違いに繋がっているのかもしれません。
(1953年10月23日付、ブルーノ・ワルターから宇野功宛書簡)
~同上書P11

ワルターは音楽を計算の上で、企図をもって創造していないということがわかる。少なくとも第40番ト短調K.550第1楽章の上行ポルタメントは、ワルターのその瞬間の類まれなるセンスによって生じた奇蹟なのだと思う。

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