クレンペラー指揮フィルハーモニア管 メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」(1960.1録音)ほか

明日の朝、クリンゲマンと私はアボッツフォードのサー・ウォルター・スコット邸に向かって出発します。そこからハイランド(スコットランド北部)に行きます・・・今日、たそがれどき、メアリー女王が暮らしまた愛していた、ホーリールード宮殿を訪ねました。そこにはひとつの小部屋があり、狭い螺旋階段を上って入ります。この小部屋に潜んでいた暗殺者たちは、ここを通って上がったのでした。彼らはリッチョを拉致し別の部屋へ連れて行って殺したのです。隣の礼拝堂にはもう屋根がありません。草やきづたが生い茂っています。メアリー・スチュアートがスコットランド女王に即位したのはこの壊れた教会ででした。すべて壊れていて、廃墟とその上の青い空だけしか見えません。私は《スコットランド交響曲》の冒頭の部分を見た気がしました」。
(1829年7月30日付、家族宛)
レミ・ジャコブ著/作田清訳「メンデルスゾーン」(作品社)P169-170

楽想が閃いたのは20歳のとき、そして、交響曲が実際に完成を見たのは1842年1月20日のこと、何と12年半もの月日を経て世に出ることになった音楽の荘厳さ。完全無欠の作品は、僕たちの感性を、否、魂を刺激する。

旅は、人間の心を豊かにするだろう。
中でも、大自然に囲まれてのそれは、人を大らかにする。大自然の発する気に感化され、創造力を喚起し、感性を淀みなく発露できるのだ。

何と悠揚たる音楽であることか。
オットー・クレンペラーの棒をして、人後に堕ちぬ最上の音楽よ。

メンデルスゾーン:
・交響曲第3番イ短調作品56「スコットランド」(1960.1録音)
・交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」(1960.2録音)
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団

崇高なる傑作「スコットランド」交響曲。
第1楽章アンダンテ・コン・モト―アレグロ・ウン・ポコ・アジタートの、深沈と暗い冒頭から原風景を下手な解釈なしにただ純粋に描き切ろうとするクレンペラーの奇蹟。彼らしいゆっくりとしたテンポでの音楽は、メンデルスゾーンの着想通り「廃墟とその上の青い空」の陰翳を見事に表現する。また、快活な第2楽章スケルツォ(ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ)の、堂々たる威容。そして、何より第3楽章アダージョの天国的安息に僕は思わず嘆息する。
終楽章アレグロ・ヴィヴァーチッシモ―アレグロ・マエストーソ・アッサイこそクレンペラーの本懐。晩年の実況録音ではコーダを改変したいかにもクレンペラーらしい解釈の演奏を残すも、楽譜通りの本録音こそ、(作曲者の)第1楽章冒頭着想時の印象同様、突如として光輝差し込む大自然の神秘を形にした最高の演奏だと僕は思うのだ。

メンデルスゾーンの人生は、姉と親しい友人の突然の死という決定的な知らせにより、短く断ち切られた。この時彼は頭の血管が切れ、意識を失って倒れたのである。彼は回復することなく重い症状が続き、38歳の誕生日の数か月後にこの世を去った。死が近づいていると分かっても、彼は楽し気に、堅く信仰を保った。こう書き残している。「今や偉大なる章が終わり、次の章は題名も最初の言葉もまだ書かれていない。しかし神は、ある日その章を良きものにして下さる。これは、どの章の始まりにも終わりにも相応しいことだ」。
パトリック・カヴァノー著/吉田幸弘訳「大作曲家の信仰と音楽」(教文館)P92

魂は永遠なり。信仰篤い良き人生哉。

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