ウラディーミル・スルタノフのバラキレフを聴いて思ふ

balakirev_vladimir_soultanov099事実は小説より奇なり。人々の生き様を具に描いたものは興味深い。順風満帆で、しかも何の問題も起こらない人生ほどつまらないものはない。喜怒哀楽いろいろだから面白いのである。
「死の家の記録」執筆に際し、ドストエフスキーは兄宛手紙に次のように書く。

「死の家の記録」は、いまでは頭のなかに完全で明確なプランとなっています。この作品は印刷全紙6台か7台くらいになるでしょう。僕という個性は消えます。これは無名氏の手記なのです。だが、おもしろいことは請けあいます。おもしろさはこれ以上ないほどです。そこには、深刻なものも、陰惨なものも、ユーモラスなものもあります。また徒刑囚独特のニュアンスを持った庶民の会話も(僕はあなたに、僕が現場で書きとめたうちのいくつかの表現を読んであげましたね)、それから文学にかつて登場したことのないような人間の描写も、感動的なものもあります。そして最後に、これが肝腎なことですが、僕の名まえです・・・。
(1859年10月9日付)
コンスタンチン・モチューリスキー/松下裕・松下恭子訳「評伝ドストエフスキー」(筑摩書房)P202

名無しのごんべいと謳いながら最後に自身を主張する目敏さこそドストエフスキーの真骨頂。天才だ・・・。

不穏な時代には「新しいもの」が生れる。
おそらく時代の空気に反発しながら、それ自体を変革しようとする新しい力が働いてのことだと思う。芸術は、いわゆる「現実」とは異なった視点で起こるもの。だからこそ革新的で美しい。
同じ頃、ロシア五人組の萌芽があった。

単に“60年代”と言われるこの時代は、正確には1855年から10年間ぐらいを意味するが、クリミア戦争における敗北により、ロシアの遅れた社会体質に対する批判が一挙に噴きだし、これに対処して1861年の農奴解放令をはじめとする一連の近代化の波が、帝政にゆさぶりをかけた時代である。
「作曲家別名曲解説ライブラリー㉒ロシア国民楽派」(音楽之友社)P14

今の耳でこそ浪漫的で超絶技巧的な要素が前面に押し出されるミリイ・バラキレフのピアノ作品だが、あの頃の聴衆はどんな思いでこれらの楽曲を聴いたのだろうか。

バラキレフ:
・グランド・ソナタ
・夢想
・ポルカ嬰へ短調
・マズルカ第7番変ホ短調
・東洋風幻想曲「イスラメイ」
ウラディーミル・スルタノフ(ピアノ)

グランド・ソナタ第2楽章マズルカの郷愁。この繊細な響きと旋律の美しさはバラキレフの天才を再確認させるもの。どこで聴いたのか、耳覚えのある音楽がそこかしこに花開く。第3楽章「間奏曲」の、あまりに官能的で静謐な調べに思わず跪く。
そして、「夢想」に聴こえる懐古的趣味の、そしてその名の通りの夢心地に陶酔。
晩年のショパンをなぞるような、否、ショパン以上に哀愁を帯びるマズルカ第7番は、おそらくバラキレフの傑作のひとつに数えられると思う。これほどに純粋無垢、透明な音楽がほかにあろうか。

それにしてもやっぱり「イスラメイ」は超絶的名曲だ。ウラディーミル・スルタノフというピアニストは初めて聴いたが、なかなかの腕前。音楽が踊る。

 

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