
4つの弦楽器によって奏される奇蹟と言えば大袈裟か。
ほとばしるロマンティシズム。
偉大なるキリスト者セザール・フランクの凡事を潔く、しかし、叙情豊かに表現した傑作、弦楽四重奏曲ニ長調。
果たして彼にとっては、哀しみも喜びも同じ一つの、そう、表裏一体の感情だったのか。
フランクの音楽は、夜を描き、いわばその中に昼を写生する。
アンリ・ドゥ・レニエ「愛の教」
いづれは「夜」に入る人の
をさな心も青春も、
今はた過ぎしけふの日や、
従容として、ひとりきく、
「冬篳篥」にさきだちて、
「秋」に響かふ「夏笛」を。
(現世にしては、ひとつなり、
物のあはれも、さいはひも。)
あゝ、聞け、楽のやむひまを
「長月姫」と「葉月姫」、
なが「憂愁」と「歓楽」と
語らふ声の蕭やかさ。
~上田敏訳詩集「海潮音」(新潮文庫)P122-123
愛とは慈しみだ、あるいは良心だ。昔、初めて聴いた頃は、その真髄まではわからなかった。ただ長尺の、そして晦渋な作品だと思っていた。そのときもパレナン四重奏団によるアナログ・レコードだった。それから40年を経て、今聴くと、深みがまったく異なる。おそらく僕自身の心の器が大きくなったのだ。
半世紀前の録音であるにもかかわらず、音楽は実に瑞々しい。
17分以上に及ぶ第1楽章序奏ポコ・レントの孤独、一方、主部アレグロの快活な、しかし、どこか寂寥感を感じさせる音調にセザール・フランクの愛を思う。それにしてもパレナン四重奏団の、真摯に作品に向かい、情緒的に瑞々しく歌う方法に僕は感動を覚える。一方、短めの第2楽章スケルツォの憂いあるダンスの表情に僕は心を奪われ、第3楽章ラルゲットの呼吸の深い敬虔なる美しさに言葉を失う。終楽章アレグロ・モルトは、前楽章の主題が登場し、フランクの生命の希望だといえまいか。
パレナン四重奏団の、精巧な、そして、情緒豊かな音!!
世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。制度、風俗、慣習など、それらの目録を作り、それらを理解すべく私が自分の人生を過ごして来たものは、一つの創造の束の間の開花であり、それらのものは、この創造との関係において人類がそこで自分の役割を演じることを可能にするという意味を除いては、恐らく何の意味ももってはいない。
~レヴィ=ストロース/川田順造訳「悲しき熱帯II」(中央公論新社)P425
謙虚であれ。