アマデウス四重奏団 アロノヴィッツ プリース ブラームス 弦楽六重奏曲第1番変ロ長調作品18(1966.12録音)

歴史とは、人類がはっきりと記憶している時代のことであり、その期間に人類全体が破滅の危機に直面したことはない。色々な時に色々な場所で多くの自然災害が発生している。だが、過去5000年間、人類全体が絶滅するような危機に遭遇したことは一度もない。
いつもこのような状態だったのだろうか? あるいは遠く過去にさかのぼれば、我々の先祖が絶滅しかけた時代があったのだろうか? 終末論的な偉大な神話の舞台は、そのような時代だったのか? 学者たちは、通常、神話は古代の詩人の作り話だという。だが、学者が間違っていたらどうか? 実際に恐ろしい自然の大災害が連続して起こり、太古の祖先をほとんど消滅させ、生き残ったのは、数少ない人々で、それも地球上の色々なところに散在して、連絡もとれなかったのではないだろうか?
神話の世界が、シンデレラの靴のようにぴったりとはまる時代はないのだろうか?  これを探求するにあたって、地球上に文明をもった人類が生まれる前の時代は、当然ながら調査する必要がない。ここではホモハビリス(初めて道具を作ったとされる直立猿人)やホモエレクトス(直立猿人)やホモサピエンス・ネアンデルタールですら取り上げようとは思わない。興味があるのはホモサピエンス・サピエンス、つまり現代の人類だけだ。われわれの歴史はそれほど古くないのだ。

グラハム・ハンコック著/大地舜訳「神々の指紋(上)」(翔泳社)P274-275

ハンコックの論は正論だ。
まさに歴史の解釈に疑問を呈するものだ。
そして、彼の発想は実に的を射ていて、かなり真実に近いところにまでリーチしているだろう。
果たして、道を学ぶ中で僕が思うのは、この5000年間、人類が絶滅するような機会に直面したことがないのは、人類に道が降ったからだと、今の僕は知っている。
学者は明らかに間違っているのである。
証拠も何もない、目で見ることも、耳で聴くこともできない真理の中にあって、人類は護られ続けてきた。

人間の愚かな行為のすべては、心を修めるためにあることを僕は知っている。
酒、女、金・・・。
「煩悩即菩提」というが、すべては自身の悟りのためにあるものだそうだ。

アマデウス四重奏団ほかのブラームス弦楽六重奏曲作品18&作品36を聴いて思ふ アマデウス四重奏団ほかのブラームス弦楽六重奏曲作品18&作品36を聴いて思ふ

20代の頃、ルイ・マル監督の「恋人たち」を観て、僕はヌーヴェルバーグの洗礼を受けた。
若々しい息吹を感じさせる、即興風の映像に、モノクロームながらとても感激したことを思い出す。

中で、ブラームスの弦楽四重削曲第1番変ロ長調作品18の第2楽章が使用されており、その音楽にも僕は迷わず感化された。早速音盤を仕入れ、毎日、繰り返し聴いた。
それは、アマデウス四重奏団とセシル・アロノヴィッツ、ウィリアム・プリースによるドイツ・グラモフォン盤だった。

音楽の場合、最初に聴いたものの影響が後年まで尾を引く。
この録音は、いまだに僕にとっての随一の、最高の演奏だ。
他にも名盤は数多ある。そして、これまで実演含め多くの演奏を聴いてきたが、私見ではこの録音に優るものはない。

・ブラームス:弦楽六重奏曲第1番変ロ長調作品18(1860)(1966.12録音)
アマデウス四重奏団
ノーバート・ブレイニン(第1ヴァイオリン)
ジークムント・ニッセル(第2ヴァイオリン)
ペーター・シドロフ(ヴィオラ)
マーティン・ロヴェット(チェロ)
セシル・アロノヴィッツ(第2ヴィオラ)
ウィリアム・プリース(第2チェロ)

いかにもブラームス好みの、内声部を充実させた六重奏曲の傑作。
60年も前の録音とは思えぬ瑞々しさ。
第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポの浪漫。
また、この音楽を一躍表舞台にのし上げた第2楽章アンダンテ・マ・モデラートの、胸が締め付けられるほどの想念(これは、師ロベルト・シューマンの妻クララへの愛、叶うことのない愛への苦悩の表現なのか)の表出。
そして、第3楽章スケルツォの弾ける愉悦と、苦悩を昇華し、成就へと実らせる終楽章ロンド(ポコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ)の解放。
アマデウス四重奏団の演奏は実に理に適う。
何回聴いても心動かされる真実の音楽に、久しぶりに耳にした今も魂が震えるほど。

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