シェルヘン指揮ルガノ放送管 ベートーヴェン 交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(1965.2.12Live)ほか

ステファヌ・マラルメの詩集をひもとく。
「花々」と題する詩。

古き蒼穹の 黄金なす 大雪崩から、天地創造の
日には、すなわち 星々の戴く 永劫の雪から、
かつて御身は 切り離された、広大なる花弁を 未だ
若くして、天地壊滅の禍も知らぬ 大地に、

渡辺守章訳「マラルメ詩集」(岩波文庫)P38

ヘルマン・シェルヘン最晩年の爆演、「英雄」を思った。
ピリオド的な表情に、近代オーケストラの粋を交え、これ以上ないというほどのうねりを生み出す、生々しい音楽に、初めて聴いたとき、僕は卒倒した。

グラジオラスは、鹿毛色に、群れいる白鳥、たおやかな頸、
また流謫の魂を 飾る あの高貴な月桂樹は
真紅に輝く 熾天使の 浄らかな足の指先、
暁を踏みしめた その羞いが 染める 紅、

~同上書P38

直観的に、あの世とこの世をつなぐ中にマラルメはいつもあったのではないか。
真の芸術家は天と、インスピレーションによって交感するというが、果たしてそれはベートーヴェンも同じくだ。

ヒヤシンス、讃うべき 煌めきを発する 天人花、
さらには、女人の肉にも等しい、薔薇は
残酷な花、エロディアード、明るい庭に咲き乱れ、
獰猛にして、煌めく血潮が、濡らす 紅。

~同上書P39

第2楽章「葬送行進曲」をしてまるで生き返るのではないかとする力にヘルマン・シェルヘンの(亡くなる前年とは思えない)生気よ。

また御身は 作り給うた、百合の花の すすり泣く白さを、
吐息の海を 彷徨いつ、微かに 触れて、
色蒼ざめた 水平線の 蒼く漂う 薫りを過り、
立ち昇って行く、夢見心地に、涙に曇る 月の彼方に。

~同上書P39

第3楽章スケルツォの咆哮。
トリオはなんと弾けるのだろう。

歓喜の歌よ、三弦琴に乗り、揺り香炉に 籠められて、
我らが女神よ、我が周縁の庭に、歓喜の歌を!
かくて届けよ、木霊は高く 天上界の 黄昏を過って、
眼差しを 恍惚たらしめ、光背を燦然と 煌めかす!

~同上書P39

終楽章の変奏曲は、なるほど「第九」の前哨たる「大歓喜」だったのか?
コーダの勢い、並大抵でない即興的推進力は他では聴けないものだろう。

ラースロ デヴァリエ ムンテアーヌ アリエ シェルヘン指揮ルガーノ放送管&合唱団 ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」

大いなる御母、御身の 正しく強き 胎内に、
未来を籠めたる 香の器を 静かに揺らす 花弁と言おうか、
馨しい死を孕む 大いなる花々を創り給うた お方様、
それも 人生に倦み疲れ、生きる甲斐なき 詩人のために。

~同上書P40

生と死は一体。
魂は不滅ということだ。あまりの熱量に焼け焦げそうだ。

ベートーヴェン:
・交響曲第1番ハ長調作品21(1965.1.8Live)
・交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(1965.2.12Live)
ヘルマン・シェルヘン指揮ルガノ放送管弦楽団

一般的にナポレオン・ボナパルトを指すといわれる「英雄」だが、この雄渾さはむしろ偉大なる創造主を指すのではないかと思われるほど猛々しく、男性的だ。

一方の交響曲第1番ハ長調も実に動的な表情を見せ、シェルヘンの唸りと共に爆発する。
こんなに気持ちの良い、余分なものが放下された、自由闊達なベートーヴェンが他にあろうか。

久しぶりに聴いた僕は、思わず唸った。

シェルヘン指揮ルガノ放送管 ベートーヴェン 交響曲第8番(1965.3.19録音)ほか シェルヘン指揮ルガノ放送管のベートーヴェン第5番&第6番(1965録音)を聴いて思ふ シェルヘン指揮ルガノ放送管のベートーヴェン交響曲第9番(1965.4.5Live)を聴いて思ふ シェルヘン指揮ルガノ放送管のベートーヴェン交響曲第9番(1965.4.5Live)を聴いて思ふ シェルヘンのベートーヴェン・リハーサルに度肝を抜かれる シェルヘンのベートーヴェン・リハーサルに度肝を抜かれる ヘルマン・シェルヘンのベートーヴェン全集より

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