
偉大な才能と大きな苦しみとの間には関係があるとお考えですか。
ピーター・ヘイワースとの対話で、クレンペラーが最後に徐に語ったのは聖書から「伝道の書(コヘレトの言葉)」第1章14節から18節だった。
われ日の下にてなされしもろもろの行為をみたり。ああ皆空にして風を捕えるがごとし。
曲がれるものは直からしむるあたわず。欠けたるものは数をあわするあたわず。
われ心の中に語りて言う、ああわれおおいなるものとなれり。われより先にイェルサレムにおりしすべての者より、われは多くの智慧をえたり。わが心は智慧と知識を多くえたり。
われ心をつくして智慧を知らんとし、狂気と愚痴を知らんとしたりしが、これもまた風を捕うるがごとくなるをさとれり。
それ智慧多ければ悲しみ多し、知識をますものは悲しみをます。
~ピーター・ヘイワース編/佐藤章訳「クレンペラーとの対話」(白水社)P234
ソロモンが悟るシーンということだが、それならば、もっと真髄を、真の意味をとらえねばならないだろう。真意はこうだと僕は思う。
世界のすべては空(くう)であり、幻想だと(釈迦と同じく)ソロモンは悟った。
德なき者は正せず、窮する者こそ価値がある。
ついに真我を覚り、智慧を得たのだ。
すべては空(くう)だ、何もない中にすべてが存在するのだ。
老子道徳経第48章を思った。やはり「道」はすべてに通じているのだとも悟った。
ソロモンの言葉はまさに老子そのものだ。
学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損す。
これを損して又た損し、以って無為に至る。
無為にして為さざるは無し。
果たしてクレンペラーがそこまで認識できていたかはわからない。
しかし、孤高の芸術家ともあろうもの、音楽を為すときに間違いなく天人合一の中にあったことと想像する。才能とはそういうことだ。
幼い頃、彼はブラームスに心酔した。そして、円熟期にはマーラーから影響を受け、シェーンベルク自身からも影響を受けたそうだ。さらには、「情緒過剰のロマン主義からの反動として知られている《新即物主義》」からある程度の影響を受けたと語る。
そして、ヘイワースの「あなたは作曲家か指揮者か」と問われ、難しい質問だと前振りした上で次のように答えるのである。
わたしは作曲もする指揮者です。もちろん指揮者としても作曲家としても記憶されればうれしいですが、思い上ったりせずに、ただよい指揮者としてだけ記憶してほしいものだと思っています。人びとがわたしの作品を感銘の薄いものだと考えるなら記憶されないほうがよいのです。
~同上書P232
さすがに躁鬱の気がある人だけに、白か黒か、回答は明解だ。
問題作にして名演奏たるメンデルスゾーンの「スコットランド」交響曲。
個人的にはフィルハーモニア管弦楽団とのEMI録音が素晴らしいと思うが、ライヴのクレンペラーの、あまりにも感情移入激しく、あまりにもエネルギッシュな、最晩年のバイエル放送響との演奏に衝撃を受け、僕はこれまで繰り返し聴いてきた。
すごい演奏なのだが、問題が一つある。それは、終楽章コーダを、あの突如として明朗に転じる最高のコーダを、クレンペラー自身が自作に差し替えているのである。
この件に関し、クレンペラー自身は次のように語り、自己弁護している(?)が、果していかに?
ハインリッヒ・エドワード・ヤコブ著「フェリックス・メンデルスゾーンとその時代」(S.フィッシャー出版、1959年)の中で、私はこんな文章に出会いました。
「メンデルスゾーンは、エンディングの男声合唱的な色彩が、非常に気がかりだったので、フェルディナント・ダヴィット(当時のオーケストラのコンサート・マスター)に、ティンパニーを必ず入れ、ホルンを増やして、ヴァイオリンを大幅に減らしてくれないかと頼んだ」と、いうのです。
つまり、言葉を変えていえば、メンデルスゾーンはこの交響曲のコーダに、全然満足していなかったのでしょう。このコーダは確かに変わっています。少しもスコットランド的でないテーマに6/8拍子を使い、にぎやかな終結部にもっていくのですから。熟練したゲヴァントハウスのカペルマイスターであるメンデルスゾーンが、ここでは名作曲家メンデルスゾーンに打ち勝つことができなかったのでしょうか?
そんなわけで、私には、コーダをすっかり書きかえる権利があると思います。しかしながら、私のヴァージョンの中でも、メンデルスゾーンの音はひとつも変えていないのです。私はただ、美しい第2主題を解決に導き、そうして(私個人にとって、という意味ですが)満足のいくエンディングを作り上げたのです。書きかえについて、ずいぶん批判されるだろうと承知していますが、それでも正しいことをしたと信じています。
(1969年5月23日、ミュンヘンでのコンサート時のプログラム)
(ジョン・ルーカス/野坂悦子訳)
~TOCE-9798ライナーノーツ
相当な論理の飛躍、すり替えがここにはある。
しかしながら、作曲家オットー・クレンペラーの本懐という観点から、なかなか興味深い試みであるともいえる。原曲を知らなければ、確かに自然で、座りの良い終結であると思えるから。
いずれもミュンヘンはヘラクレスザールでのライヴ録音。
「スコットランド」が筆舌に尽くし難い名演奏。
第1楽章から生命力に富み、これほどに活力のある演奏は聴いたことがないと思えるくらい。そして、この交響曲がどれほど素晴らしい作品であるかをあらためて教えてくれる録音だ(こういうものが残されていた奇蹟と、リリースしていただけたことへの感謝しかない)。
第2楽章ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポにある愉悦は、未来への希望。
第3楽章アダージョから終楽章(クレンペラー版)はこの演奏の聴きどころ。
(個人的にはコーダは好転するオリジナルの方が好きだが、クレンペラー版の流れは自然体であり、そういうものとして聴けばまったく違和感ない)
ちなみに、作曲を始めた当時のメンデルスゾーンの家族宛手紙には次のようにある。
私たちは、今日の夕方遅くに、メアリー王女が住んでいた宮殿に行きました。そこで見るべきものは、回り階段をのぼったところにある小さな部屋でしたが、殺害者たちは、そこでリチオを見つけて彼を引き出し、そこから部屋を3つへだてた薄暗い角で彼を殺害したのでした。その横にある礼拝堂は、今では屋根がなく、草や蔦が生い茂っていました。メアリーは、そこの壊れた祭壇の前でスコットランドの女王に即位したのでした。あたりはすべて壊れ、朽ち果てています。そこには、明るい空が覗きこんでいます。私は今日、そこで『スコットランド交響曲』の開始部分を着想したのです。
(1829年7月15日付、家族宛手紙)
あくまで開始部分のインスピレーションについての報告だが、それはそのまま交響曲全体の音調の源泉となっており、「明るい空が覗きこんでいます」という描写からは、やはり元々のコーダが相応しいことは間違いない。
作曲家オットー・クレンペラーのお遊びにしばしおつきあい、というくらいにとらえておこう。
ふたたびクレンペラーの「スコットランド交響曲」(1969Live) 