イド・フルーク監督・脚本「1975年のケルン・コンサート」(2025)

縁の下の力持ち。
多くの人の尽力があっての物事であり、事が成立してはじめて成功がある。ただし、成功も失敗も実はプロセスでしかない。そのプロセスこそに意味がある。
何事も舞台裏を知ることが大事だ。
本来、縁の下は公にされるものではないだろう。
「陰徳」という言葉があるように、無名であることが重要なのだから。

Keith Jarrett “The Köln Concert” (1975.1.24Live)

キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」はジャズ史上屈指の名盤として知られる。
キースのその他のソロ・アルバムのすべての中で断トツの有名を誇り、セールス的にも最高を示す。ただし、芸術的な高みとセールスでの成功は実際のところ相容れないものであり、想像以上に「売れた」ことがその後のキースを苦しめることになる。
それは、キース・ジャレットにとっては思い出したくもない事実だったのである。

Keith Jarrett “Budapest Concert” (2020) ブーレーズのメシアン「われ死者の復活を待ち望む」(1966.1録音)ほかを聴いて思ふ ブーレーズのメシアン「われ死者の復活を待ち望む」(1966.1録音)ほかを聴いて思ふ マリア・カラスのベッリーニ歌劇「ノルマ」(1960.9録音)ほかを聴いて思ふ マリア・カラスのベッリーニ歌劇「ノルマ」(1960.9録音)ほかを聴いて思ふ Keith Jarrett “Vienna Concert”(1991.7.13Live)を聴いて思ふ Keith Jarrett “Vienna Concert”(1991.7.13Live)を聴いて思ふ Keith Jarrett “München Concert”(1981.6.2Live)を聴いて思ふ Keith Jarrett “München Concert”(1981.6.2Live)を聴いて思ふ Keith Jarrett “Bregenz Concert”を聴いて思ふ Keith Jarrett “Bregenz Concert”を聴いて思ふ Keith Jarrett:The Köln Concert Keith Jarrett:The Köln Concert Keith Jarrett = Solo Concerts Keith Jarrett = Solo Concerts

映画は、弱冠18歳のプロモーターであったヴェラ・ブランデスの視点から、キースのケルンでのかのコンサートの実現までを、その苦悩を描く。あの傑作が、録音が残されていなければその日その時の会場にいた人しか聴くことのできなかった奇蹟の即興が、これほどまでに大変な過程があったこと、そして、ヴェラという負けず嫌いの少女の健闘があったからこそ実現したものだったことを知り、感激した。

確かに世のすべてには誰かの努力や苦労があるのは常だ。
当たり前のように事が存在しているのではない。だからこそ半世紀を経過した今も、あの美しい、驚くべき音楽が聴けることに感謝せねばならない。

・1975年のケルン・コンサート(2025)
マラ・エムデ(ヴェラ・ブランデス)
ジョン・マガロ(キース・ジャレット)
マイケル・チャーナス(マイケル・ワッツ)
アレクサンダー・シェアー(マンフレート・アイヒャー)
スザンネ・ウォルフ(ヴェラ・ブランデス50歳)
ウルリヒ・トゥクール(ヴェラの父ドクター・ブランデス)
ヨルディス・トリーベル(ヴェラの母イルゼ・ブランデス)
レオ・マイヤー(ヴェラの兄フリッツ・ブランデス)
ダニエル・ベッツ(ロニー・スコット)
シリン・リリー・エイサー(イザ)
エノ・トレブス(ヴェラの彼氏ヤン)
レオン・ブローム(オリバー)
監督・脚本:イド・フルーク
製作:ソル・ボンディ、フレッド・ブール

何とコンサート当日は、事実か脚色かわからないが、ケルン歌劇場でのアルバン・ベルクの歌劇「ルル」の本番の後、23時から開演されたものだったようだ。よりによって「ルル」なのである。ファムファタルたるルルとまさに自由奔放すぎるヴェラが自ずと被る(話が出来過ぎだ。だからこそ「ルル」というのは果たして本当かどうなのか疑わしいと思ったのだが)。

ブーレーズ指揮パリ・オペラ座管のベルク歌劇「ルル」(1979録音)を聴いて思ふ コヴェント・ガーデン王立歌劇場2009 パッパーノの「ルル」を観て思ふ コヴェント・ガーデン王立歌劇場2009 パッパーノの「ルル」を観て思ふ

そして、あの時代に、まだまだ世界が保守で閉じられていた時代に、彼女のような勝気と行動力は果たしてどこから生じたのか僕は考えた。おそらく父親が歯科医という裕福な家庭で生まれ育ったことに要因の一つがあろう。窮していたなら、あれほど殻を破るような、まして父親に反発して、将来の保障のない音楽プロモーターを職業とする選択はできなかっただろう。
そしてまた、会場の予約金の1万マルクを貸してくれた優しい母親あってのヴェラだ。さらに、同じく父親を憎む兄フリッツの存在も大きい。ヴェラの負けず嫌いに火を点ける役割を彼がしているのである。(もちろん最大は彼女の意志そのものだけれど)

ただし僕は思った。反骨精神は大事だ。しかし、どこまでいっても、何があろうとも、どんなに理不尽であろうと、父は父であり、母は母であることを決して忘れてはならないと。(恩に報いること)(そして、ヴェラは結果、恩に報いた)

それにしても会場に用意されたのはキースの希望するベーゼンドルファー・インペリアルでなく、ガラクタのピアノであり、当日当夜(急遽修理された)そのピアノを弾いてあの奇跡の演奏をキースが果たしたことに驚きを隠せない(本当なのだろうか?)。そして、キースの諸々の言葉から、あくまで彼が通じているのは「気」の世界であり、「理」の世界ではないということだ。
(もしキース・ジャレットが「理」の世界と真につながることができたら、鬼に金棒、聴衆の咳払いなど気にもならなかったはずだ)

実に興味深い映画。素晴らしかった。良かった。
ピンチはチャンス、奮闘する人間の姿は美しい。

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