朝比奈隆指揮新日本フィル ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68(1990.2.5Live)

東京での最初のツィクルスは、とても齢80を超えた人の棒とは思えない、生気に溢れる若々しさが特長だった。その後、ツィクルスも回を重ねるごとに見事に老練を湛えるようになり、最後のツィクルスでは、透明感を獲得した、孤高の境地を示していた。

朝比奈隆指揮新日本フィルのブラームス交響曲第1番(2000.9.11Live)を聴いて思ふ 朝比奈隆指揮新日本フィルのブラームス交響曲第1番(2000.9.11Live)を聴いて思ふ

僕は、都合3回、朝比奈隆によるブラームス・ツィクルスを聴いた。
衝撃を受けたのは、やっぱり新日本フィルとの最初のものだ。

朝比奈隆指揮新日本フィル ブラームス 交響曲第2番ニ長調作品73(1990.4.3Live) 朝比奈隆指揮新日本フィルのブラームス交響曲第3番(1990.5.1Live)ほかを聴いて思ふ 朝比奈隆指揮新日本フィルのブラームス交響曲第3番(1990.5.1Live)ほかを聴いて思ふ

それは、僕が若かったせいもあるのかもしれない。
しかし、録音で確認してみても、途轍もないエネルギーを放出しており、35年余りを経過した今も、それは、朝比奈屈指の名演・名録音の一つとして数えられるものだろうと確信する。

安定の(そして安心の)ヨハネス・ブラームス。
いずれの交響曲も屈指の演奏だが、振り返って最も印象に残るのは、実は「ハイドンの主題による変奏曲」。ブルックナーの「ロマンティック」の前プロとしてオーチャードホールで演奏された、翌々年1992年のコンサートの記録。ブルックナーと併せて、当日当夜、朝比奈の歓喜の表現に僕は痺れた。あの感激は今も忘れない。

朝比奈隆指揮新日本フィル ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」(1992.5Live)

きのうやった〈1番〉は、オーケストラについては問題がないですわな。第2楽章でも豊麗な音がするしね。1楽章、4楽章は構成的にベートーヴェンです。あの1楽章の序奏とフィナーレの序奏だけで、顔立てたわけだな。あれがなかったらもう、そっくりベートーヴェンですからね。フィナーレの前奏はちょっと意図が見えるけれども、1楽章の前奏は非常にオリジナルで、新しい創作ですよね。クロマティックとまではいかないけれども、半音階進行のように聴こえますね。4楽章の方は、計画的犯罪っていうかね、(笑)これはひとつやったろうという感じが出て、まあ、堂々とした物にしなきゃいけない、それに、主題を先に紹介しとかなきゃならな。だけどまあ、よく出来てますよね。
金子建志 マエストロ・インタビュー「ブラームス考談」
FOCD9035/8ライナーノーツ

朝比奈隆の懐の深さと、根拠あっての演奏であることが手に取るようにわかる対談だ。
それに、ベートーヴェンやブルックナーはもちろんのこと、ブラームスへの愛情が言葉の節々に感じられ、数多の名演奏の出所がそういうところ、一言でいうと「信念」にあることを教えていただける貴重なドキュメントだ。

・ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68
松原勝也(ヴァイオリン独奏)
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1990.2.5Live)

杮落しから間もない時期だけに、ホールへの期待もあっただろう。
それに、前々年からスタートしたベートーベン・ツィクルスが大成功だったお陰もあろう、当日のコンサートは大変な盛況だった。

しかし、残念ながらサントリーホールに比較してホールの響きは今一つで、少々がっかりしたことを覚えているが、それでも朝比奈の、重低音を効かせた圧倒的な表現に、どの瞬間も息を呑み、心から感激した一夜だった。あの衝撃は他では得られない、「今ここ」という一期一会の(もちろん録音にも入り切っていない)機会だった。

おそらくあの頃が朝比奈隆の絶頂期だったと僕は思う。
(その時期に、たくさんの名演奏に触れることができた喜び)
(感謝しかない)

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