リヒテル ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110(1991.12.5Live)

1991年、モスクワはプーシキン美術館での「12月の夜」音楽祭。
会場では、生誕100周年を迎えたソ連のアヴァンギャルド(構成主義)の巨匠アレクサンドル・ロトチェンコと、その妻ワルワラ・ステパーノワの回顧展が同時開催されており、演奏ステージの背景や周囲には、彼らが手がけた絵画やグラフィック、そしてロトチェンコが撮影した著名人のポートレート写真が数多く展示されていた。

この年、「白の間」でのスヴャトスラフ・リヒテルのリサイタルでは、ステージ上にニコライ・ノソフのポートレートが飾られていたが、それはアレクサンドル・ロトチェンコによって撮影された有名な写真作品の一つだった。

なぜノソフのポートレートだったのか?
ノソフ個人へのオマージュというよりも、「ロトチェンコの芸術(写真作品)に囲まれた空間の中で、20世紀のモダンな音楽(プロコフエィエフやショスタコーヴィチ、シュニトケなどのアヴァンギャルド音楽)を響かせる」 という、1991年ならではの美術展連動の空間演出だったためだ。

ちなみに、リヒテルはベートーヴェンの最後の3つのソナタを演奏したが、中で、作品110のあまりの美しさ、素晴らしさに僕は痺れた。朴訥でぶっきらぼうな表情のピアニストの指から奏でられる音楽は、それこそベートーヴェンが乗り移ったかのような真実味に溢れていた。

当時のリヒテルは、暗譜では演奏家のエゴが入るとして、譜面を見ながら(そして、会場の照明を極端に落として)演奏したが、その通り、実にストイックで即物的なスタイルを貫き、作品の透徹した純粋美を表現している。

第1楽章モデラート・カンタービレ・モルト・エスプレッシーヴォからもはや孤高の境地だが、例えば、終楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポ、「嘆きの歌」からフーガに至る、その一連の祈りの響きが、聴き手に異様な高揚と緊張をもたらす。
あるいは、第2楽章アレグロ・モルトはリヒテルならではの、ためのある表情で、ここだけは実に思念がこもるようで面白い。

リヒテル ベートーヴェン ピアノ・ソナタ作品109、作品110&作品111(1991.10Live)

ところで、この1ヶ月半ほど前、10月のルートヴィヒスブルクでの演奏も大した名演奏だが、微妙なニュアンスの違いがあり、興味深い。年月とともにより深化していくとでもいうのか、あるいは、「白の間」というデッドな響きの会場のせいもあるのか、一層むき出しの精神が、晩年のベートーヴェンの「パンのための仕事」としての「嘆き」を見事に表わしており、さすがだといえよう。

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