
死の半年前のベートーヴェン。
人は自分の死期を悟るも、それが正確にいつかははっきりしない。たぶん、その頃はまだもっと長く生きるつもりだったのだろうと思う。
1826年9月末から11月半ば。
弦楽四重奏曲晩年第5作、最後のヘ長調(作品135)の完成を目前にして、変ロ長調(作品130)の差し替えフィナーレ(第6楽章)(最後の創作)作曲に向かう。
※フィナーレを差し替えるよう提案したのはこの作品の出版社となるマティアス・アルタリアか?
~大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P513
「最後の」というのはあくまで後世の認識だ。
もし、まだあと数年楽聖に時間が残されていたら、この先、どんな作品が生まれたのだろう。
11月半ば。
最後の作曲品作品130の差し替え第6楽章完成。
~同上書P515
新たな第6楽章の明朗快活な楽想は、楽聖が決して生を諦めていなかった証だと思う。
このフィナーレの報酬は、現在の価値に換算すると、300万から600万円だというのだから、さすがに最晩年のベートーヴェンの社会的価値は圧倒的だ。
11月22日。ハスリンガー宛書簡。
弦楽四重奏曲作品130の新しいフィナーレが、間に入ったハスリンガーを通して、マティアス・アルタリアに届けられる。報酬15ドゥカーテンの確認。
~同上書P515
久しぶりにラサール弦楽四重奏団を聴いた。
今や全員が鬼籍に入ってしまった現代屈指の四重奏団の演奏は、冷静でまた深遠だ。
ベートーヴェンの哲学的境地を、ここまで冷たく、即ち客観的に解釈し、表現できる能力に拝跪する。
作品130は6つの楽章を持つ。
緊張感に溢れ、どの瞬間にも、楽聖ベートーヴェンの革新的生命力を感じる。
仕事は終った。書いた人間の生きている時代に起ったおそろしい事件と、書く対象をなすおそろしい事件とのために意気消沈し、ほとんど打ちひしがれた一人の老人が、生命を与えられたうず高い紙の山を、おぼつかない満足を感じながら眺めている。これは彼の勤勉の労作であり、思い出と現在の出来ごとに充ちあふれたこの年月の産物なのである。一つの課題が征服されたのだ。もともと私はその任でもなく、そのために生れついた人間でもないが、愛情と誠実と、そして証人であることによって、その仕事を果すべき使命を授けられたのだ。これらのことによってなしとげ得ること、献身によってなしとげ得ること、それがいまなしとげられたのだ—私はそれでよしとしなければならない。
~トーマス・マン作/関泰祐・関楠生訳「ファウスト博士(下)」(岩波文庫)P271-272
ベートーヴェンは自身の使命を果たし、天に召された。
そして、世紀をまたぎ、ついに霊性も救われた。
(彼が世界の平和を真に希求していたことが証明された)

