
知られざるベートーヴェン。
出版するまでもなく、単なるお遊びとして、メモなどに書きつけたいくつもの楽曲断片。
しかし、楽聖ベートーヴェンが書いたものなら、すべて歴史的価値を持つものだと世間は評価する。大崎滋生さんは書く。
創作活動を出版までのトータルなものとして見るという立ち位置からすれば、遊び心に溢れる無償の行為は確かに職業作曲家の創作活動の埒外にある。しかし完全詳細年譜においては、作品目録に登録されている作品すべての創作の痕跡をくまなく記録する必要があるので、それらの存在を等閑視するわけにはいかない。そうして年譜を作成し終えて思ったのは、カノン作品やカタログで「音楽による戯れ」等々として分類されている極小の歌唱旋律は、確かにプライヴェート領域に位置するものであるが、他者との濃いつながりを証明する物証であったり、あるいはまた、なかには自身の内心を吐露したものもある、ということであった。伝記的な(生涯に関わる)問題としては、そこにはときに深い物語が潜んでいる。
~大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P550
他者との濃いつながり、あるいは内心吐露など、それこそ人間ベートーヴェンの赤裸々な、裸の姿が垣間見えるならば無視するわけにはいかないと確かに思う。
ただし、カノン「タ・タ・タ・・・親愛なるメルツェル、ごきげんよう」WoO162などのように、(後世の研究により)ベートーヴェンの弟子であったアントン・シンドラーによる偽作だと判明するものもある(従来はメトロノームの発明者であるヨハン・ネポムク・メルツェルの送別会のためにベートーヴェンが即興で創作したものだとシンドラーによる伝記から引用されてきており、この旋律を交響曲第8番のアレグレット・スケルツァンドの主題として転用したとされていた)。
「知られざるベートーヴェン」ボックス・セットからの1枚は、(すべてが収められているわけではないが)「音楽による戯れ」とカノン作品集。年代は多岐に亘るが、それこそ耳が聞こえなくなった晩年の、様々なシチュエーションで書き溜められた、数十秒という旋律の断片が、見事に演奏されている。
取り立てて「これ」というものがあるわけでもないが、しかし、記念すべき事実の中で書かれたものもあり、貴重ではある。
例えば、友人でもあったルドルフ大公への新年挨拶である「殿下! お元気で、ご多幸を」WoO179の喜び。あくまで社交だが、歌詞は簡単な挨拶語句であり、当然ベートーヴェンの自作。
あるいは、書簡の中での戯れたるもの、デンプシャー宛の「そうあらねばならぬ」WoO196などは未来のビートルズなどを髣髴とさせる単なる遊び以上の謎かけを有する、最晩年の苦悩を表出する(わずか30秒ほどの傑作)。そして、病に伏している中でのホルツ宛の「私たちはみんな一緒に間違える」WoO198などは、事情を知る後世の僕たちにとって「もはや死後の世界にあるのではないか」と思わせるほどの不思議な音調を湛えるのである。
1826年7月31日から8月3日の間に書かれたと思われるデンプシャー宛書簡にはカノン《そうあらねばならぬ》(WoO196)が記入されていたと思われる。同書簡は7月末にしたためられた草稿しか遺っておらず、そこには楽譜は付されていない。自筆の単声記譜書き下ろしは消失し、1843年にホルツが雑誌にこの逸話を発表したときの譜面で伝承されているだけである。このカノンは、当時書いていた最後の弦楽四重奏曲Op.135、第4楽章の主題としても使われたことにより、たいへん有名となった。
~同上書P581
もう一つ大事なポイントとして、ベートーヴェンが自身の戯れのためにカノンを制作したこと、これがまたベートーヴェン像再構築のために重要な役割を担っていることを大崎さんは指摘する。
手渡す具体的な相手を欠いているものが相当にある。実はこの部分の考察がベートーヴェン像にとってすこぶる重要で、同じカノン類だからと言って上記のものと一緒くたにして論じることはできない。というのは、他人に渡すものではない、すなわち、どうやら“社交”のカテゴリーで捉えられないカノン類は、ベートーヴェン自身の戯れ、さらになかには内心を吐露するような趣と見なされるべきものがあるからである。しかし“つぶやき”のような独白ではなく、相手に対する感情の表出であり、場合によっては相手に突きつけた血判状と言ってもいいようなものかもしれない。
~同上書P567
確かに、人間ベートーヴェンの腹の底を知ることができる、重要な断片群なんだと思う。
(例えば、3声のカノン「友情は真の幸せの源」WoO164など)
とても勉強になる。
