フォークト バイエル ハウスマン エーベルハルト クノーテ合唱指揮ベルリン・ゾリステン ベートーヴェン 4声のカノン「そうあらねばならぬ」WoO196ほか(1977録音)

知られざるベートーヴェン。
出版するまでもなく、単なるお遊びとして、メモなどに書きつけたいくつもの楽曲断片。
しかし、楽聖ベートーヴェンが書いたものなら、すべて歴史的価値を持つものだと世間は評価する。大崎滋生さんは書く。

創作活動を出版までのトータルなものとして見るという立ち位置からすれば、遊び心に溢れる無償の行為は確かに職業作曲家の創作活動の埒外にある。しかし完全詳細年譜においては、作品目録に登録されている作品すべての創作の痕跡をくまなく記録する必要があるので、それらの存在を等閑視するわけにはいかない。そうして年譜を作成し終えて思ったのは、カノン作品やカタログで「音楽による戯れ」等々として分類されている極小の歌唱旋律は、確かにプライヴェート領域に位置するものであるが、他者との濃いつながりを証明する物証であったり、あるいはまた、なかには自身の内心を吐露したものもある、ということであった。伝記的な(生涯に関わる)問題としては、そこにはときに深い物語が潜んでいる。
~大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P550

他者との濃いつながり、あるいは内心吐露など、それこそ人間ベートーヴェンの赤裸々な、裸の姿が垣間見えるならば無視するわけにはいかないと確かに思う。

カノン「タ・タ・タ・・・親愛なるメルツェル、ごきげんよう」WoO162

ただし、カノン「タ・タ・タ・・・親愛なるメルツェル、ごきげんよう」WoO162などのように、(後世の研究により)ベートーヴェンの弟子であったアントン・シンドラーによる偽作だと判明するものもある(従来はメトロノームの発明者であるヨハン・ネポムク・メルツェルの送別会のためにベートーヴェンが即興で創作したものだとシンドラーによる伝記から引用されてきており、この旋律を交響曲第8番のアレグレット・スケルツァンドの主題として転用したとされていた)。

クルト・ザンデルリンク指揮フィルハーモニア管 ベートーヴェン 交響曲第8番ヘ長調作品93ほか(1981.1録音)

「知られざるベートーヴェン」ボックス・セットからの1枚は、(すべてが収められているわけではないが)「音楽による戯れ」とカノン作品集。年代は多岐に亘るが、それこそ耳が聞こえなくなった晩年の、様々なシチュエーションで書き溜められた、数十秒という旋律の断片が、見事に演奏されている。

「音楽による戯れ」・カノン作品
・音楽による戯れ(3独唱と合唱)WoO100
・2声のカノン「ロバの中のロバ」WoO227(1826)
・音楽による戯れ「伯爵、伯爵、親愛なる伯爵」WoO101(1802)
・3声のカノン「伯爵様、質問に参上しました」WoO221(1797頃)
・4声のカノン「親愛なる伯爵様、貴方はお人好し」WoO183(1824)
・4声のカノン「そうあらねばならぬ」WoO196(1826)
・2声のカノント長調Hess.274(1803頃)
・5声のカノン「ここに作品がある」WoO197(1826)
・4声のカノン風楽曲「信じ、希望せよ」WoO174(1819)
・2声のカノン「ホフマンよ、宮廷人でありなさるな」WoO180(1820)
・ピアノのためのアングレーズニ長調WoO212(1793頃)
・無伴奏男声合唱・シラーの『ウィリアム・テル』から「修道士たちの歌」WoO104(1817)
・2声の解きカノン「私はお伺いしました、医者先生」WoO190(1825)
・3声のカノン「師殿!」WoO178(1815-20?)
・3声のカノン「苦しみは短く」(シラー)WoO163(1813)
・2~4声の解きカノン「悪魔に喰われてしまえ!」WoO173(1819)
・2声の解きカノン「神は堅き砦」WoO188(1825)
・2つの解きカノン「聖ペテロは岩?」(2声)/「ベルナルトは聖者?」(3声)WoO175(1820)
・3声のカノン「徳は空事にあらず」WoO181-3(1822)
・6声のカノン「人間は気高く、情け深く、善良であれ」(ゲーテ)WoO185(1823)
・2男声と2つのコントラバスのためのカノン「市民裁判所よ、汝は凍り付く」WoO177(1818-20)
・3声のカノン「寒いよ、暖かくないよ」WoO191(1825)
・音楽による戯れ「私たちはみんな一緒に間違える」WoO198(1826)
・4声のためのカノン「ふざけないでこっちを向け」WoO187(1824)
・2声のカノン「ブラウフレ・リンケ」WoO167(1815)
・2声のカノン「おお、トビアス」WoO182(1822)
・4声のカノン「きょうはバーデンのことを忘れるな」WoO181-1(1822)
・4声の楽曲とカノン「殿下! お元気で、ご多幸を」WoO179(1820)
・4声のカノン「幸せはともかく、健康は欠くべからず」WoO171(偽ミヒャエル・ハイドン)
・3声のカノン「ごきげんよう」WoO181-2(1822)
・2声のカノン「人生を楽しめ」WoO195(1825)
・4声の自由なカノン「新年おめでとう」WoO165(1815)
・2声の器楽用カノン変イ長調WoO222
・3声のカノン「恋人の腕のなかに憩いあり」WoO159(1795)
・音楽の戯れ「私はあなたにキスをする」WoO169(1816)
・カノン「愛する人よ、私はあなたによって悩み、死ぬ」Hess.229
・2声のための解きカノン「汝のみ敬愛す」WoO186(1824)
・3声のカノン「永遠に君のもの」WoO161
・3声のカノン「友情は真の幸せの源」WoO164(1814)
・2つのカノンから4声のカノンWoO160-2(1795)
・カノン「タ・タ・タ・・・親愛なるメルツェル、ごきげんよう」WoO162(偽作)
・3声のカノン「お願いだ、変ホ長調の音階を私に書いてくれ」WoO172(1818?)
・4声の解きカノン「芸術は長く、人生は短し」WoO192(1825)
・2つのカノンから3声のカノンWoO160-1(1795)
・3声の解きカノン「沈黙」WoO168-1(1816)
・3声のカノン「語り」WoO168-2(1816)
・5声のカノン「ファルスタッフちゃん、おいで」WoO184(1823)
・2つのヴァイオリンのためのアレグロイ長調WoO34(1822)
・男声三重唱とピアノのための「別れの歌」WoO102(1814)
ベルリン・ゾリステン
ギゼラ・フェッティング、クリスティーナ・クロップシュ、レナーテ・シュンケ、シャルロッテ・リムカス(ソプラノ)
アストリッド・ピルツェッカー、ヘラ・ヴァイグマン、ヘルガ・ティーツェ(アルト)
ヨアヒム・フォークト、ヴォルフガング・ヴァーグナー、ギュンター・コッホ(テノール)
ギュンター・バイエル、ジークフリート・ハウスマン、ヴェルナー・エーベルハルト、ディーター・ラインホルト(バス)
器楽
トーマス・フランケ、ヘルマン・フランケ、ギュンター・ヴェッシュ(クラリネット)
ヴォルフ=ディーター・バッツドルフ、ベルント・ニーダーマイヤー、クリスティアン・ルーカス、ヨハネス・キッテル(ヴァイオリン)
ヴァルター・クリエル、マンフレート・ペルナッツ(コントラバス)
ヴァルター・オルベルツ(ピアノ)
ディートリヒ・クノーテ指揮ベルリン・ジングアカデミー室内合唱団(1977録音)

取り立てて「これ」というものがあるわけでもないが、しかし、記念すべき事実の中で書かれたものもあり、貴重ではある。

4声の楽曲とカノン「殿下! お元気で、ご多幸を」WoO179

例えば、友人でもあったルドルフ大公への新年挨拶である「殿下! お元気で、ご多幸を」WoO179の喜び。あくまで社交だが、歌詞は簡単な挨拶語句であり、当然ベートーヴェンの自作。

4声のカノン「そうあらねばならぬ」WoO196

あるいは、書簡の中での戯れたるもの、デンプシャー宛の「そうあらねばならぬ」WoO196などは未来のビートルズなどを髣髴とさせる単なる遊び以上の謎かけを有する、最晩年の苦悩を表出する(わずか30秒ほどの傑作)。そして、病に伏している中でのホルツ宛の「私たちはみんな一緒に間違える」WoO198などは、事情を知る後世の僕たちにとって「もはや死後の世界にあるのではないか」と思わせるほどの不思議な音調を湛えるのである。

音楽による戯れ「私たちはみんな一緒に間違える」WoO198

1826年7月31日から8月3日の間に書かれたと思われるデンプシャー宛書簡にはカノン《そうあらねばならぬ》(WoO196)が記入されていたと思われる。同書簡は7月末にしたためられた草稿しか遺っておらず、そこには楽譜は付されていない。自筆の単声記譜書き下ろしは消失し、1843年にホルツが雑誌にこの逸話を発表したときの譜面で伝承されているだけである。このカノンは、当時書いていた最後の弦楽四重奏曲Op.135、第4楽章の主題としても使われたことにより、たいへん有名となった。
~同上書P581

ブダペスト弦楽四重奏団 ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第16番作品135(1960録音)

もう一つ大事なポイントとして、ベートーヴェンが自身の戯れのためにカノンを制作したこと、これがまたベートーヴェン像再構築のために重要な役割を担っていることを大崎さんは指摘する。

手渡す具体的な相手を欠いているものが相当にある。実はこの部分の考察がベートーヴェン像にとってすこぶる重要で、同じカノン類だからと言って上記のものと一緒くたにして論じることはできない。というのは、他人に渡すものではない、すなわち、どうやら“社交”のカテゴリーで捉えられないカノン類は、ベートーヴェン自身の戯れ、さらになかには内心を吐露するような趣と見なされるべきものがあるからである。しかし“つぶやき”のような独白ではなく、相手に対する感情の表出であり、場合によっては相手に突きつけた血判状と言ってもいいようなものかもしれない。
~同上書P567

確かに、人間ベートーヴェンの腹の底を知ることができる、重要な断片群なんだと思う。
(例えば、3声のカノン「友情は真の幸せの源」WoO164など)
とても勉強になる。

3声のカノン「友情は真の幸せの源」WoO164

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