本当のデュ・プレ

オリンピックの開会式で五輪旗掲揚の際、運び手の一人である白髪禿頭のダニエル・バレンボイム氏の姿を観て、今や世界的巨匠の彼だけれど、そういえばかつて英国で活躍していたこと、そして夫人が今は亡きジャクリーヌ・デュ・プレだったことがふと思い出された。実演には長いこと触れていない。最近は音盤でも滅多に聴くことはない(特に指揮の方)。けれども、60年代のあの頃のバレンボイムは何だかとても輝いていたように僕には思えてならない。もちろん若かったということはある。それに新婚ホヤホヤだったこともその要因になり得るし。特に、トリオやコンチェルトなどデュ・プレと協演する時の彼の音楽に向かう姿勢は一層真剣で、一層優雅で、ともかく2人の天才が丁々発止と刺激し合う様が録音からも(映像も含め)見事に感じることができた。

10数年前、”HILARY and JACKIE”(邦題:ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ)という映画が上映された際、劇場で何度か観た。その後、DVDなどでも鑑賞したが、それにしても「本当のデュ・プレ」の姿に触れた時は衝撃だった(映画の原作となった書籍も読んだが、こちらの方はもっと刺激的)。仕事上、人間というものについて様々な観点から勉強していたお蔭か、彼女の音楽的天才が本物である一方、日常生活という意味では大変に癖のある(いわゆるアダルト・チルドレンという症候群)人で、家族や仲間や周囲の人々を随分困らせていたんだということもよく理解できた。とはいえ、その精神的不安定さがまた彼女の音楽的魅力を創り出していたことも事実で、世の中のものは表と裏が一体で、光あるところに闇があることを確認できたことがとても良かった。そう、不安定さこそが実に確固とした表現を生み出しているんだということを確信した瞬間でもあった。

デュ・プレは若くして多発性硬化症という難病に罹り、止む無く楽壇をリタイヤ、42歳という若さで亡くなるものの、この映画の中では、夫君であったダニエルの当時の献身的な姿も描かれ、そのことで一層彼の音楽に親しみを覚えたものだった。

だいぶ前にバルビローリ卿と録音したエルガーの協奏曲の名盤(1965年録音)を採り上げた。あるいは、BBC響とのプラハでのライブ録音も繰り返しよく聴く。そして、デュ・プレによるエルガーのこの名曲にはもうひとつ忘れてはならない名録音がある。それは、70年録音のバレンボイム指揮によるフィラデルフィア管弦楽団とのもの。本日は、先述の映画のサントラ盤から。

Music from the Motion Picture
“HILARY and JACKIE”
エルガー:チェロ協奏曲ホ短調作品85
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)
ダニエル・バレンボイム指揮フィラデルフィア管弦楽団

録音の関係もあるのだろう、音の色彩や音質的には(技術的にも)65年盤の方が優位。
しかし、この録音のわずか2年後には病気を発症する彼女の、何とも枯れた味わいの演奏には(その後の彼女の生き様を知っているからか)サー・ジョン・バルビローリとのものにはない老練の響きが感じとれ、一層のシンパシーを僕は感じる。それは、当然夫であるバレンボイム氏の伴奏であるという事実も大きいだろう(バレンボイムとのものには67年の映像も残されているが、ジャッキーの音楽に没入する様が克明に撮られておりその姿を観るだけでもう感動)。

久しぶりにまたこの映画を観てみようかな・・・。


2 COMMENTS

ふみ

バルビローリとの演奏、荒いけどやはりなんだかんだ名演だと思います。しかし、映画なんてあったんですね、知りませんでした。

ちなみにバルビローリと言えば、BBCから出ている死の5日前のエルガー交響曲第一番(ライヴ)がまた、枯渇した中にも、凄まじい情熱と高貴さが備えた演奏で素晴らしいです。死の直前、彼が最後に燃え尽き、この世に生きた証を残した演奏な気がします。

返信する
岡本 浩和

>ふみ君

そう、映画ありました。15年位前のものかな。

>BBCから出ている死の5日前のエルガー交響曲第一番(ライヴ)がまた、枯渇した中にも、凄まじい情熱と高貴さが備えた演奏で素晴らしい

おー、そっか。これも未聴なので聴いてみます。宿題多いなぁ(笑)
しばらくエルガー漬けかな・・・。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む