ブリテン指揮イギリス室内管のJ.S.バッハ「ヨハネ受難曲」(1971.4録音)を聴いて思ふ

britten_complete_decca_recordings633英語歌唱であるにもかかわらず、不思議と違和感がない。
やっぱり重要なのは、言葉そのものよりも言霊なのかもしれない。
「ヨハネ受難曲」第67番合唱での清純なる少年合唱にあるそこはかとない哀しみ。
まるでブリテンが、生涯感じ続けたであろう性の苦悩が美しく投影されるよう。

憩え、安らけく、聖なる御躯よ、
いまを限りに、はやおん身に涙注ぐことなし。
憩え、安らけく、しかしてわれをも憩いに導きたまえ!
おん身に定められし墓は、
いまよりのち、いかなる悩みにも閉じ、塞がるることなかるべし。
しかしてその墓こそわれには
天つ御国への門にして、陰府への道を閉ざすしるべなれ。
(訳:杉山好)

どんなに悩みや辛苦があったとしても、乗り越え、前向きに生きることが各々の使命なんだと思う。門は開かれているゆえ。
ベンジャミン・ブリテンがピーター・ピアーズに送った、1875年2月の最後の手紙。
ここには、まるで子どものようにはしゃぐ、そして無垢な彼がいる。自身の病気のことよりも、恋人ピアーズの病を心配する優しさ。

ダーリン、熱が上がったと聞いて心配している―でも、辛抱しなければ。本は読める?きっといい本が手近にあるだろうね。それとも、あの日記を続けては?―NYのメトで何があったか、照れなくてもいいよ!
エリスといっしょで本当によかった―ホテルで寝込んでいるのでなくて嬉しい―あのセント・イーノック!何かの奇跡が起こって、きみがここにきて&ぼくたちが面倒を見られたらいいのに!それはともかく、ただただ、愛してる―愛してる―愛してる―
デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P200

きっとブリテンはその最期、門を開き、天つ御国に旅立ったことだろう。
続く最終曲第68番コラールの癒しと柔らかな美しさ。ブリテンの指揮には命がこもる。

ああ主よ、汝の御使いに命じ
最期に臨みしわが魂を
アブラムのふところに連れ往かしめ、
残れる肉体をその臥戸に
苦しみも痛みもなく、安らかに
憩わせたまえ。しかして終わりの日
来たらば、われを死より呼び覚まし、
この眼もて御顔をば拝せしめたまえ―
喜び溢るる御国にて、おお神の子、
わが救い主、恵みの御座よ!
主イエス・キリスト、わが祈、わが願いを聞き入れたまえ、
われは汝を永遠に讃えまつらん!
(訳:杉山好)

もはやこの時点では歌唱が原語でないことを僕はすっかり忘れてしまっている。
聖なるエネルギーに身を包まれ、崇高な響きとともに還るのだ。

・J.S.バッハ:ヨハネ受難曲BWV245(英語歌唱)
ヘザー・ハーパー(アリア、ソプラノ)
アルフレーダ・ホジソン(アリア、コントラルト)
ピーター・ピアーズ(福音史家、テノール)
ロバート・ティアー(アリア、テノール)
グウィン・ハウエル(イエス、バス)
ジョン・シャーリー=カーク(ピラト&アリア、バス・バリトン)
ジェニー・ヒル(下女、ソプラノ)
ラッセル・バージェス(ペテロ、バス)
ジョン・トビン(下役、テノール)
エードリアン・トンプソン(下役、テノール)
ワンズワース・スクール少年合唱団
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団(1971.4録音)

前世紀的な浪漫を残すでもなし、あるいは、(当時流行り始めた)ピリオド風の明朗な軽さに満ちるものでもない独自のヨハン・セバスティアン・バッハ。
福音史家を務めるピアーズの円やかな声が、ハープシコードの伴奏と絡み美しい。
そして、低弦に象徴される、ハウエルのイエスの堂々たる言葉と合唱の掛け合いの妙。

イエス―たれを尋ぬるか?
福音史家―彼ら答う
合唱―ナザレのイエスを!
福音史家―イエス言いたもう
イエス―われはそれなり
(訳:杉山好)

ブリテン指揮する「ヨハネ受難曲」は心底愛に溢れる。

 

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