芸術家は自由でなければならない

ドビュッシーの練習曲集がショパンへのオマージュであることはよく知られた事実だが、その数年前に書かれた前奏曲集もやっぱりショパンの影響下にある(晩年の彼はどうしてこんなにもショパンへの想いをあらためて色濃く表出したのか?)。しかし、第1巻を聴いてもショパンのそれとはまったく音調、風情が異なる。既に名を成した後の巨匠が創造したものなのだから、影響下とはいえ独自のもので満ち満ちているのは当然。聴くごとに新たな発見があるのはやっぱり天才の為せる業なのか・・・。
ちなみに、第1巻が完成した1910年頃、妻エンマとの関係がいよいよギクシャクしていた頃だった。ドビュッシー48歳。ちょうど今の僕と同い年の時ということになる。
「私は結婚に不向きな人間だ。芸術家は自由でなければならない」
このドビュッシーの言葉をどう捉えるのか?わがままと一蹴するか?それとも彼の芸術作品を眼の前にして許容するか?

神は人間に二物を与えないのか、この天才も現実生活においてはまったくどうにもならなかったよう(借金はするし、自分勝手だし)。本人が上述のように自覚している分(というか開き直っている分)性質が悪い。エンマは精神的不安定に陥り、いよいよ離婚の危機に陥るが、娘の手前そこには至らなかった。

そういった状況が回避されたからかどうなのか、その後に続く第2巻(1913年完成)はより一層独特の世界に足を踏み入れる。もはやショパンの影響はその名称だけで、音楽は現代音楽の境地に足を踏み入れる。
ちなみに、この年にはストラヴィンスキーの「春の祭典」が初演され、彼は衝撃を受けた。直前に同じシャンゼリゼ劇場で自身のバレエ「遊戯」が初演されるも2週間後の「ハルサイ」のスキャンダルに掻き消されたほど、このストラヴィンスキーの作品は周囲を大混乱に陥らせた(実際今の耳でも「春の祭典」の方が圧倒的に格上)。そのことが直接影響を与えているわけではないが、より芸術的に練磨された作品をほぼ同時期にドビュッシーは生み出していたことになる。
それほどに「前奏曲集第2巻」はそれまでの音楽を超越している。

たった今、ミシェル・ベロフの旧盤を聴いている。まさに第1巻第12曲「ミンストレルズ」が終わって第2巻第1曲「霧」に移ったところ。ここで一気に作曲家の魂はひとつ次元を上昇させる。

ドビュッシー:前奏曲集第1巻&第2巻
ミシェル・ベロフ(ピアノ)(1970.6.15-7.15録音)

ベロフの旧盤は新盤以上に自由奔放だ。それは若さから表出される必然的な躍動。ピアノの音色の一粒一粒が透明感に溢れ、光輝く。時にベロフ20歳!!

・前奏曲集第1巻&第2巻(抜粋)


4 COMMENTS

ふみ

お、ベロフ!
今日は寝る前に新盤を聴きたくなりました。

私はまだまだドビュッシー初心者レベルなので、岡本さんのブログで勉強させて頂きます。

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