ラザレフ指揮日本フィルハーモニー交響楽団第668回東京定期演奏会

japan_phil_lazarev_20150321149ショスタコーヴィチは情景と心理の描写が実に巧い。
「血の日曜日」事件を描きながらその実、体制を暗に批判し、革命前の王政の復活を内心望むかの如くの音楽。スターリン圧政下に生み出された数々の名交響曲に対し、ほとんど映画音楽のように自身の内なる思考を音化する妙。間違いなくショスタコーヴィチに信仰はあった(と僕は思う)。第11番交響曲の第1楽章、そして第3楽章にはキリスト教賛美のマーラー「復活」交響曲の旋律が木魂する。

最初の音を聴いて驚いた。繊細な弱音と轟く強音の対比がセンス満点。
イワン・ルージンのピアノが光る。音楽的愉悦に溢れ、技術的にもほぼ完璧。第1楽章アレグロの、宝石を鍵盤上で転がす如くのトリルと音の光彩。そして、緩徐楽章におけるかつてのロマノフ王朝の時代を回顧するような夢見るロシア浪漫的哀愁。アレクサンドル・ラザレフはオーケストラの音を幾分抑制しつつピアノの音を一層浮き彫りにする。これほどに美しい音楽があろうか。さらに、終楽章アレグロの軽快で剽軽、皮肉に満ちるショスタコーヴィチ節に感銘を受ける。息子マクシムの1957年の誕生日に初演されたというこの協奏曲は、確かに愛するマクシムのために書かれた愛情溢れる音楽だが、ここに見るのは革命前の祖国への愛。ここでもショスタコーヴィチは見事に真意を隠し通す。
アンコールは2曲。自身の編曲によるバッハの管弦楽組曲のヴィルトゥオジティに感激。続くプロコフィエフの「戦争ソナタ」終楽章のテクニックと圧倒的音響に目から鱗。演奏直後の聴衆の熱狂は洪水の如く。

日本フィルハーモニー交響楽団
第668回東京定期演奏会
2015年3月21日(土)14時開演
サントリーホール
イワン・ルージン(ピアノ)
木野雅之(コンサートマスター)
菊地知也(ソロ・チェロ)
アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルハーモニー交響楽団
・ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番ヘ長調作品102
~アンコール
・J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067~第7曲バディヌリー(ラフ&ルージン編曲)
・プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調作品83~第3楽章
休憩
・ショスタコーヴィチ:交響曲第11番ト短調作品103「1905年」

日本フィルの要は打楽器にある。有機的な響きのティンパニに畏怖を想い、小太鼓の軽妙かつ芯の太い演奏に心動いた。何よりラザレフのショスタコーヴィチへの深い愛情の念が色濃く反映される音楽。素晴らしかった。
第1楽章「宮殿前広場」における、暗く重い音調に、1905年ではなく1957年作曲当時の祖国ソビエトへの失望を垣間見る。ラザレフの真骨頂、第2楽章「1月9日」の一斉銃撃を示唆するシーンの凶暴さ、壮絶さ、背筋が凍るほどの凄惨さ、・・・。この悲劇をこれほどまでに直接的に音楽化できたのはショスタコーヴィチの才能ゆえのこと。ちなみに、ここには数多の革命歌が引用されているとのことだが、残念ながら僕の知識をもってしては詳細が不明。
そして、民衆の嘆きを表わした、亡くなった人々へのレクイエムである第3楽章アダージョ「永遠の記憶」の深遠さは、指揮者が同時代にそのシーンを体験していたのではないかと思わせるほどの同質性。
神など糞喰らえとばかりに人間世界をこれでもかと表現するショスタコーヴィチの音楽に「神」を感じるという矛盾。確かに、ここに登場するのは民衆であり、大衆の心だ。とはいえ、最終楽章「警鐘」に聴く、最後のイングリッシュホルンの哀感を帯びた独奏と、終結の幾度も打ち鳴らされるベルに大いなる信仰を感じたのは僕だけか。音楽というものは真に奥深い。

ドミトリー・ショスタコーヴィチもアレクサンドル・ラザレフも、時間と空間を正しく治める音楽家だ。
圧倒的音楽体験に今日も感謝の想いを贈る。

 

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3 COMMENTS

kumagai

岡本さん、熊谷です。土曜は偶然会場でおめにかかれて またいろいろお話を聞かせていただきありがとうございました。ラザレフのショスタコ、ピアノ協もよかったし11番は迫力でした。書かれているように 引用されている労働歌をたくさん知っていたら もっと面白く聞けたかも。しかし次回6月の8番もぜひ行きたいものです。しかし岡本さんと話をすると なぜかクラシック以外のネタのほうが多くなりますね。ではまたよろしくお願いします。

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岡本 浩和

>kumagai様
こんにちは。
こちらこそ終演後ご馳走にまでなりありがとうございました。
素晴らしかったですね。6月の8番は必聴だと思いました。

>岡本さんと話をすると なぜかクラシック以外のネタのほうが多くなりますね

確かにクラシック以外の話が大半ですね。
まぁでも、その方が実は僕は好きなんですが・・・(笑)

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