パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響スペシャル モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」

明暗融け合う壮絶なドラマに、そしてモーツァルトの美しい音楽の魔法に惹き込まれた。
かつて、「ドン・ジョヴァンニ」に恋した哲学者セーレン・キルケゴールの言葉を引用しよう。

ドン・フアンを聞け、すなわち、もし君が聞くことによってドン・フアンについての観念を得られないのなら、君はけっしてそれを得られないのだ。彼の生の開始を聞け。いなずまが雷雨の暗闇のなかから現れるように、彼は厳粛さの深みから、いなずまの速度よりも速く、いなずまよりも落着きなく、しかもいなずまと同じく確実に現われ出る。聞け、いかに彼が人生の多様性のなかに飛び込んでいくかを、いかに彼が確固たる防波堤にぶつかってくだけるかを。聞け、ごく軽やかに舞踏するヴァイオリンの響きを、聞け、喜びの合図を、聞け、快楽の歓呼を。聞け、享楽の晴れがましい至福を。聞け、彼の荒々しい逃走を。彼は自分自身を走り過ぎるのだ、いよいよ速く、いよいよ止めがたく。聞け、情熱の奔放な欲望を。聞け、愛のざわめきを。聞け、いざないのささやきを。聞け、誘惑のうず巻きを、聞け、瞬間の静寂を―聞け、聞け、聞け、モーツァルトの《ドン・フアン》を!
セーレン・キルケゴール「あれかこれか」第1部《ドン・ジョヴァンニ論》
「モーツァルト事典」(冬樹社)P178

およそ人間の内側にある俗的感情と聖なる崇高なひらめきのすべてが刻まれるだろう、キルケゴールのモーツァルトへの、否、「ドン・ジョヴァンニ」への手放しの賞賛。稀代の哲学者のこの有名な言葉を待つまでもなく、「ドン・ジョヴァンニ」は真に傑作だ。そして、今日、横浜のみなとみらいホールで聴いた「ドン・ジョヴァンニ」は、いまだ興奮冷めやらぬ一世一代の名演奏だった。

パーヴォ・ヤルヴィらしい、アタックを聴かせた、トップギアの強音でも決してうるさくない透んだ音楽は、弱音で一層の柔和さと澄明さを獲得した。舞台の照明がギリギリまで落とされた序曲の序奏部での緊張感は並みでなく、主部に入って青い照明が映されるや音楽は明朗さを獲得し、この作品の内にある陰陽二重性を明確に描いていた。(この時点で今日の公演の大成功を確信した)
早過ぎず遅すぎず、理想的なテンポで、進められた物語は、どの瞬間も緩まず、指揮者とオーケストラの大変な集中力で一気呵成に動かされた。何より歌手陣が全編通じていずれも素晴らしかったが、特に心に残る場面は以下。

まずは、第1幕でドンナ・アンナが自分を犯し、父親を殺した犯人がドン・ジョヴァンニであると気づく、照明が赤に切り替わり、彼女が切々と復讐心をたぎらせ、訴える場面での、アンナの第10番アリア「ドン・オッターヴィオ、私、死んでしまう」の壮絶な歌唱。そして、(ツェルリーナ役の三宅理恵とマゼット役の久保和範の歌唱は最初はいまひとつ不安定で弱いと感じたものの、第1幕も後半になると輝きを取り戻した)フィナーレ直前のツェルリーナのアリア「ぶって、ぶって、ああ、大好きなマゼット」も思いのこもった美しい歌。その後の、フィナーレ第19場での照明を仄暗くしての巧みな演出と第20場での七重唱のきめ細かいアンサンブル、オーケストラの鮮烈なアッチェレランドに興奮。

龍角散 presents N響スペシャル
~パーヴォ・ヤルヴィと歌手たちの華麗な響き~
2017年9月11日(月)14時開演
横浜みなとみらいホール大ホール
・モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527(演奏会形式)
第1幕
休憩(30分)
第2幕
ヴィート・ブリアンテ(ドン・ジョヴァンニ、バリトン)
アレクサンドル・ツィムバリュク(騎士長、バス)
ジョージア・ジャーマン(ドンナ・アンナ、ソプラノ)
ベルナール・リヒター(ドン・オッターヴィオ、テノール)
ローレン・フェイガン(ドンナ・エルヴィーラ、ソプラノ)
カイル・ケテルセン(レポレッロ、バス・バリトン)
久保和範(マゼット、バス・バリトン)
三宅理恵(ツェルリーナ、ソプラノ)
石野真穂(チェンバロ)
東京オペラシンガーズ
パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団

レポレッロに扮するカイル・ケテルセンのスマホでの「もしもし」という冗談に観客が沸き、そこにすぐさま管弦楽がかぶさり第2幕の始まり。息もつかせぬ絶好調の演奏の中で、聴きどころはベルナール・リヒター演ずるドン・オッターヴィオの第21番アリア「今こそ、私のいとしい人を慰めに行ってください」!!!

今こそ、私のいとしいひとを
慰めに行って下さい。
そして美しい目の涙を
拭ってあげて下さい。
あのひとに告げて下さい、あの男の不正に
復讐しに私が出かけると。
そして虐殺と死者たちの
使節としてだけ戻ることを望んでいると。
アッティラ・チャンバイ/ティートマル・ホラント編「名作オペラブックス ドン・ジョヴァンニ」(音楽之友社)P147

ここでのテノールの強力な念のこもる歌に本当に感激した。続く、ローレン・フェイガン演ずるドンナ・エルヴィーラのアリア「あの人でなしは私を裏切り」も最高の出来。

あの恩知らずの心は私を裏切ったのよ。
ああ!私を不幸にしたのよ。
でも裏切られ、棄てられても、
まだ私はあのひとに尽す気持を感じているの。
~同上書P187

それにしても、墓地での騎士長の亡霊を前にしてのドン・ジョヴァンニとレポレッロのやり取りのシーンにおけるヴィート・ブリアンテ(ドン・ジョヴァンニ)の演技の秀逸さ、また、晩餐に現れた騎士長の石像との彼の恐怖と慄きに満ちる歌の巧さ、どれもが光っていた。

ちなみに、ドン・ジョヴァンニが地獄落ちした後の、音楽が一転し、いかにもモーツァルト的明朗さを取り戻すアレグロ・アッサイでの六重唱の溌剌さと能天気さが何だか儚く響いた。世界には陰陽、明暗、善悪、表裏両方がやっぱり必要なのだろう。

大満足、最高の舞台。
聴け、聴け、モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》を!

 

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