今井信子のバッハ無伴奏チェロ組曲第4番~第6番(1999.1録音)を聴いて思ふ

いつ聴いても初めて聴くような感覚に魂が躍る。
覚醒に導く新しい音色。音楽は決して無機質に陥らず、どの瞬間も艶やかで官能に満ちる。今井信子のバッハは美しい。

私のサラバンドは、いつもパンク状態、試行錯誤の繰りかえしです。数少ない音符に、私のいままでの人生を写していくかのように。でも、その音符とじっくりつきあい、ようやく最後には大バッハ、あなたの偉大さの前にひれふすのです。
PHCP-11141ライナーノーツ

一筋縄ではいかないバッハの荘厳な傑作は、いつも演奏家を悩ますようだ。
しかし、満を持して発表された録音には、永遠が刻まれ、時空を超えた音がある。
組曲ハ短調。20年の時を超える深遠なサラバンド。

ある日ふと、この旋律の中にマリア・カラスの声を聞きました。彼女の歌うオペラ《トスカ》、悲しみ悶えている声に、いつも理解できなかった一つの音があったのです。渾身の歌声、カラスの真黒でむき出しの声は、歌という概念を離れて、もっと身近に、「言葉」で私たちに語りかけます。一つの謎が解けたような気がしました。美しい音で弾かない、そして歌わない。語ること。
~同上ライナーノーツ

何にせよ「概念」から離れることの大切さ。
常識を疑えと今井信子のバッハは教えてくれる。

ヨハン・セバスティアン・バッハ:無伴奏チェロ組曲(ヴィオラ演奏版)
・第4番変ホ長調BWV1010
・第5番ハ短調BWV1011
・第6番ニ長調BWV1012
今井信子(ヴィオラ)(1999.1録音)

鮮烈、高貴、楽観、清澄。
確かに語られる音楽がここにはある。

今井信子は、カラス扮するトスカに真黒いむき出しの声を聞いたというが、確かに(例えば有名な)「歌に生き、愛に生き」のあの絶唱には、聴く者に「歌」という「常識」を忘れさせてしまうだけの力がある。そこにあるのはただ赤裸々な「吐露」。

いつも心からの信仰をもって
お祈りを
神聖な祭壇に捧げましたのに。
いつも心からの信仰をもって
お花を祭壇に供えましたのに、
悩んでいる今、なぜ、なぜ、
主はなぜ
このようにお報いになるのでございましょう。
(歌詞対訳:鈴木松子)

まさに唯一無二。

・プッチーニ:歌劇「トスカ」
マリア・カラス(フローリア・トスカ、ソプラノ)
ジュゼッペ・ディ・ステファノ(マリオ・カヴァラドッシ、テノール)
ティト・ゴッビ(スカルピア、バリトン)
フランコ・カラブレーゼ(チェザーレ・アンジェロッティ、バス)
メルキオーレ・ルイーズ(堂守、バリトン)
アンジェロ・メルタリアーリ(スポレッタ、テノール)
ダリオ・カゼルリ(シャルローネ&牢番、バス)
アルヴァーロ・コルドヴァ(羊飼い、ボーイソプラノ)
ヴィクトール・デ・サーバタ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団(1953.8.10-21録音)

永遠のデ・サーバタ盤。ずっと身を浸していたいと思うほどの色気と生気。
何だろうこの音は。カラスに限らず、ディ・ステファノもゴッビも渾身の歌を聴かせてくれる。ディ・ステファノ扮するカヴァラドッシの「星も光りぬ」の慟哭!

その美しい姿をあらわにしている間の
あの甘いくちづけ、あの悩ましい愛撫!
私の愛の夢は、永久に消えてしまった。
時は去りゆき・・・
絶望のうちに私は死ぬのだ。
(歌詞対訳:鈴木松子)

幾度聴いても心が震える。

中でも一番素晴らしかったのが「トスカ」で、1幕で彼女が「マリオ、マリオ」と恋人の名を呼びながら登場する場面では、薄いブルーの衣裳に身をつつみ、杖を持ってドアの前に立ちつくす姿に圧倒されました。彼女は微動だにせず、額縁の絵のように立っているだけでしたが、今もその姿を思い出すだけで背筋がぞくぞくします。そうした体験は、私の一生のうちでも滅多になかったことで、オペラというより素晴らしいお能を見た時のような感じでした。
(ドナルド・キーン「天性の存在感が心打つ、カラスの舞台の偉大さ」)
MOOK21「マリア・カラス 世紀の歌姫のすべて」(共同通信社)P44-45

バッハの組曲ニ長調が飛翔する。光のバッハ、神々しさ溢れるバッハ。チェロよりもオクターヴ高い音で奏でられるヴィオラの音が沁みる。

 

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