マウリツィオ・ポリーニが亡くなった。
真正面から聴いて来なかった人だから、昔も今も僕は彼の動向にまったく疎かった。
数年前から病気でリサイタルのキャンセルも頻発していたらしい。享年82。ご冥福をお祈りします。
ショパンの練習曲集を貪るように聴いたことが懐かしい。
あるいは、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」ソナタの、終楽章のオクターヴ・グリッサンドの華麗なテクニックに惚れ惚れしたこともまた良い思い出だ。
それに、たった一度きりNHKホールでの青少年のためのコンサートを聴いたのも38年も前のことだ。オール・ベートーヴェン・プログラムだったが、あのときの光景は目に焼き付いているものの演奏の内容については残念ながらまったく記憶がない。たぶん当時の僕はポリーニの奏でる音楽を正確に判断する耳を持っていなかったのだと思う。
満を持して録音されたバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻を聴いた。
煌めくピアニズム。正統な、技術的にも完璧で、かつ実に音楽的な内容にあらためて感動した。
年齢を重ねるごとに円やかになっていった彼のピアノは、変化というよりまさに昇華というものだった。バッハの音楽を納得行く形で表現するのに随分時間を要したようだが、このときの録音は音楽の明暗、あるいは濃淡の表現が見事で、一台のピアノでここまでバッハの音楽の奥深さが情緒に埋もれず、ある意味冷静に語られる様子に感激する(例えば前奏曲とフーガホ長調BWV854の美しさ、あるいは前奏曲フーガホ短調BWV855の愁い!)。
私は音楽家または一般に芸術家に対するある見方には反対です。つまり、知性を一方に、感情・自発性ないし表現の豊かさを他方に据えるやり方です。これらの性質は互いに対立してあるのではなく、全く共にあってひとつの全体を成すのです。
~「ポリーニ・インタビュー1」
彼の演奏の真髄がここにある。
もしかしたら、ゴールトベルク変奏曲よりむしろ、平均律クラヴィーア曲集第2巻をいつか演奏するかもしれません。第1巻を、これはすでに演奏会場で弾いたことがあるのですが、録音するかもしれませんので、第2巻も行なおうかと。
~「ポリーニ・インタビュー2」
そして、今となっては平均律の第2巻が録音されなかったことが惜しまれる。
[…] ベートーヴェンの原点にはバッハの「平均律」があった。そして、すべてはここから始まった。ベートーヴェンの作品に通底するのは神への憧憬であり、敬虔な祈りだ。彼は決して正面 […]