批評家は2つのことをしなければならない

引き続き吉田秀和さんの話題で恐縮だが、本日の朝日新聞夕刊の文芸批評欄に丸谷才一氏による追悼文が掲載されていた。氏はあらゆるところで何度も書いていることだがと断った上で、吉田さんの評論が群を抜いて他を圧倒するすごさに溢れていることを指摘しておられる。
丸谷氏は、そもそも評論家は2つのことをしなければならないという。そして、その2つのことを完璧に、しかも自然体でこなしたのが吉田秀和さんその人だというのである。

批評家は2つのことをしなければならない。第一にすぐれた批評文を書くこと。そして第二に文化的風土を準備すること。この2つをおこなつて、はじめて完全な批評家となる。
第一のほうは当り前で、言ひ添へなくてもわかるはずだが、第二のほうは説明が必要だらう。それは個々の作品を論じたり、最近の傾向について取り沙汰したりするのとは別に、もつと具体的、実際的に文化のために働くことを意味する。(中略)
吉田秀和はこの両面を備へてゐた。たとへば桐朋学園音楽科一つ取つても、彼の存在がなければ、小澤征爾も東京クワルテットも今井信子も高橋悠治も中村紘子も、あのやうな花やかな成果をあげられたかどうかは疑はしい。

なるほど、ただ言うだけでなく、実際行ったことに吉田さんのすごさがある(それはビジネスパースンとして捉えれば当り前のことなのだけれど、こと芸術や批評という分野に関してはあまりに言葉だけの人が多いということの裏返しなのだろう。批評家ではないが、朝比奈隆氏も同様の二足の草鞋を履いた職業音楽家だった)。吉田秀和という人間が存在しなければ、今をときめく日本の音楽界の重鎮の誰一人としていなかったということならば、それは大変に恐ろしいことである。確かに吉田さんの訃報をニュースで知った時、最初に飛び込んできたのはそれこそ小澤征爾さんの「吉田先生が創設した『子供のための音楽教室』がなければ、今の自分はなかった。恩人中の恩人です。」という言葉だったが、この言葉の中にこそすべてがあるように思う。

ちなみに僕は、小澤さんの音楽についてこれまで随分軽視してきちんと聴いてこなかった。何度かステージに触れた経験はあるものの、余計な先入観が邪魔をしてその本質をまったくとらえられなかった。数年前にタワーレコードで流れていたサイトウ・キネンによるショスタコーヴィチの第5交響曲を聴いたときに圧倒された、そして思わず感動し、指揮者の名前を探したことが思い出される。そして、それが小澤さんの指揮であることを知って僕は愕然とした。
以来、僕は小澤さんの音楽に限らず、決して偏見を持たず、どんな音楽家のどんな演奏も正面から真剣に聴こうと決めた(小澤さんは現在体調不良で長期の休暇に入られていると思うが、元気に復帰され、今度は是非とも「きちんと」実演を聴いてみたい)。

今夜は、例によって「日本フィル・JOCXアーカイヴス」からの1枚。
吉田さんとともに桐朋の創設メンバーであった齋藤秀雄氏の、そう小澤征爾さんに指揮を教え、かの「齋藤メソッド」の生みの親である齋藤秀雄先生の珍しい実況放送の映像。

・チャイコフスキー:弦楽セレナードハ長調作品48(1968.9.30Live)
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67「運命」(1969.9.16Live)
齋藤秀雄指揮日本フィルハーモニー交響楽団

なるほど、指揮の専門的なことはわからない僕もその棒さばきの正確さは手に取るようにわかる。何せ腕や手の動きがそのまま音に連動し、音楽が紡がれてゆく様が明確で、音楽が「見える化」されている、そんな印象。若き日の小澤の指揮姿が一瞬かぶったが、それはそうだ。齋藤秀雄は小澤征爾の師匠なんだから・・・。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。

昨年の東日本大震災での原発事故について、吉田秀和さんは、

「あの事故をなかったかのように、読者に気楽に音楽の話をすることなんて、ぼくにはできない。かといって、この現実に立ち向かう力は、ぼくにはもうない」

といった思いを、何度かレコ芸や朝日新聞に書かれていました。あの事故をなかったかのような態度を示した輩を、私は人間として何も信じません。いくら審美眼に優れていてもです。

レコ芸・6月号、買いました。
「掘り尽くされた鉱脈」、これが私の率直な感想です。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。

>「掘り尽くされた鉱脈」、これが私の率直な感想です。

上手いことおっしゃいますね。
同感です。
新しい鉱脈を掘り起こすというのが、ブログを通じて発信している人たちの使命になりそうですね。
(それとももう大切な鉱脈を掘り起こす真似は止めた方が良い??)

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