ベルイマンの「魔笛」を観る

一昔前、イングマール・ベルイマン監督の映画に凝った時期がある。
人間の深層心理に潜む「冬」の側面、そう「不安」や「生と死」を題材にし、一見難解なように見えながら、その実とてもシンプルで、愉悦や愛というものまでをも包括する映画手法に憧れ、心酔していた。
しかしながら、それは夏目漱石におけるそれとほとんど同じくらいの理解度だったように思え、先般久しぶりに名作「叫びとささやき」を観て、心底感動したことを皮切りに、時間を見つけて彼の作品を今一度ひもといてみようと古いレーザーディスクなどを引っ張り出して鑑賞してはいちいち唸らされている。
そもそもレーザーディスクなどは今や二束三文の代物で、売るに売れず、しかも嵩張ることで保管スペースもままならず、どうしたものか往生していた矢先なのだが、とはいえアナログ・レコード同様、大判の解説書の類は今のDVDやBDにはないもので、なるほどこれだけでもとっておく価値はあるもんじゃなかろうかとあらためて考え直す機会もいただけた。

午後のアポイントがキャンセルになったので、ベルイマン監督による「魔笛」を観た。鑑賞はDVDで。そして、LDの解説書を取り出して読んでみると、2年前に92歳で亡くなられた映画評論家の登川直樹氏のおそらく公開当時の分析解説だったり、同じく今は亡き黒田恭一氏のそれだったり・・・。20数年前は気がつかなかったけれど、真に資料的価値十分の文章が掲載されており、それだけで何だか感動してしまった(笑)。

イングマール・ベルイマン監督
モーツァルト:歌劇「魔笛」K.620
ウルリック・コールド(ザラストロ)
ヨーゼフ・コストリンガー(タミーノ)
エリック・サエデン(弁者)
ゴスタ・ブリュツェリウス、ウルフ・ヨハンソン(2人の僧)
ビルギット・ノーディン(夜の女王)
イルマ・ウルリラ(パミーナ)
ブリット・マリー・アルーン、キルステン・バウペル、ビルギッタ・スミーディング(3人の侍女)
ホーケン・ハーゲゴート(パパゲーノ)
エリザベート・エリクソン(パパゲーナ)
ラグナール・ウルフンク(モノスタトス)
ウルバン・マルムベルク、エルランド・フォン・ハイネ、アンスガール・クローク(3人の童子)ほか
エリック・エリクソン指揮スウェーデン放送交響楽団

スウェーデン語による上演に一瞬違和感をもつものの、そもそもドイツ語に近い言語ゆえ始まって5分もすると気にならなくなる。
1975年作だから、いろいろと演出上は旧い手法も見られるが、子ども向けなのかいわゆる重要なメッセージ性のある台詞(アリア)に関しては字幕代わりのボードが用意されて視覚に訴えかけるところから時代を先取りしているようで興味深い。
ところで、肝心の内容。
第2幕冒頭の「僧侶の行進」の短縮、第11番2人の僧侶の二重唱「女の奸計から身を守れ」、第16番3人の童子の三重唱「お二人ともよく来ましたね」がカットされ、曲順が幾分入れ替えられているようだが、そのあたりは全く問題にならない。
「魔笛」という物語が第1幕と2幕を通じて宇宙、自然が陰陽すべてを包括するもので、結局のところ「すべてを包み込む自然(それは愛と同義だろう)こそがすべてを救うのだ」というメッセージをあらためて我々に発するものだということをベルイマン監督は見事に表現した(それにしてもコールド扮するザラストロの神々しさよ。ちなみに、彼はグルネマンツを持ち役にしていたそうだが、ちょうどインターミッションの光景で「パルジファル」のスコアを読んでいるところが映し出される。ベルイマンならではの洒落た演出だ)。
おそらく映画中には隠されたメッセージがいろいろあるように思われる(例えば、第2幕でパパゲーノの持つ魔法の鈴がクローズアップされると、男女の艶めかしい姿(?)が描かれていたり)ので、繰り返し何度も観て、ベルイマン監督の「魔笛」に刷り込んだ真意をより研究したいと思っているところ。

※ちなみに、スウェーデン放送ではこの後第2弾としてベルイマン監督による「ドン・ジョヴァンニ」を計画していたとのことだが実現されていない。残念なり。


6 COMMENTS

雅之

こんばんは。

ベルイマン監督による70年代の名作映画「魔笛」、懐かしいです。岡本さんのブログのおかげで、20年ぶりくらいに思い出しました。昔は少々軽く考えておりましたが、なるほど今の私の価値観で観ると、これは大いにハマりそうです。

なおベルイマン監督の映画については、私も中学時代にラジオで聞いた淀川さんの解説が忘れられず、高校時代に「処女の泉」を観て以来、しばらく凝った時期がありましたが、今考えると、やはり当時は何も理解していなかったのだと思います。

ブログ本文を堪能したら、これまた久しぶりに、何故かキング・クリムゾンの「あの歌」を思い出しましたよ。
この歌、「魔笛」と関係あるのでしょうか?

In The Wake Of Poseidon
http://www.youtube.com/watch?v=kCkKtaz0DhE&feature=fvwrel

Plato’s spawn cold ivyed eyes
Snare truth in bone and globe.
Harlequins coin pointless games
Sneer jokes in parrot’s robe.
Two women weep, Dame Scarlet Screen
Sheds sudden theatre rain,
Whilst dark in dream the Midnight Queen
Knows every human pain.

In air, fire, earth and water
World on the scales.
Air, fire, earth and water
Balance of change
World on the scales
On the scales.

Bishop’s kings spin judgement’s blade
Scratch “Faith” on nameless graves.
Harvest hags Hoard ash and sand
Rack rope and chain for slaves
Who fireside fear fermented words
Then rear to spoil the feast;
Whilst in the aisle the mad man smiles
To him it matters least.

Heroes hands drain stones for blood
To whet the scaling knife.
Magi blind with visions light
Net death in dread of life.
Their children kneel in Jesus till
They learn the price of nails;
Whilst all around our mother earth
Waits balanced on the scales.

(例の武田浩一氏による優れた名訳詞を、氏のサイトより引用します)
http://homepage3.nifty.com/~crmkt/02poseij.htm

「インザウェイクオブポセイドン」

プラトンの子弟らは蔦の絡まる冷めた目で
肉体や天体の真実を捕らえようとする
かたや道化達は無意味なゲームを次々と鋳造し
オウムの衣装であざ笑いジョークを飛ばす
2人の女性が泣く スカーレット・スクリーン夫人は
突然の芝居じみた雨の涙を流して見せ
一方夢の闇では真夜中の女王が
あらゆる人類の痛みを知る

風 火 地 水 
天秤上の世界
風 火 地 水
変転の釣り合い
天秤上の世界
釣り合いの上にある世界

大僧正らは審判の刃をふるい
名の無い墓石に「信仰」と刻む
かたや強欲鬼女らは灰も砂もため込み
奴隷達を縄や鎖で縛りつけける
その奴隷らは焚き付ける言葉におびえ
逆上し祝宴を潰そうと立ち上がる
一方狂人が一人ごち ほくそ笑む
彼には全てがどうでもいいこと

英雄達の手が放つ礫は流血を招く
それは計量ナイフを研ぎすますため
マギイはその卓見故に目が利かず
生を怖れては早々と死を捕らえる
かたや子供らは打ち込まれた釘の意味を悟るまで
ジーザスの前にひざまずき続ける
全てのその一方で 我らの母なる大地は
天秤上で釣り合いを保ちつつ待っている

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ふみ

この間、テオ・アンゲロプロスの「永遠と一日」を劇場で観たのですが、やはり明らかに感性鈍ってます。。。これから実演にもっと触れていかなきゃです。それと何よりも、岡本さんとの飲み(笑)!

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
やっぱり雅之さんもベルイマンにはまってらっしゃいましたか?!
あれは本当に奥深いですよね。
今の年齢なってこそより理解が深まる映画だと思います。
久しぶりに僕もじっくりまた研究してみたいと思っております。

ところで、”In the Wake of Poseidon”ですが、以前も雅之さんは似たようなコメントを残していただいておりますが、「魔笛」との関連は正直不明です。
http://classic.opus-3.net/blog/?p=2235

しかし、作詞がピート・シンフィールドであることを考えると、彼なりの難解さの中にはそういう要素も含まれているようには思いますが。
あわせて研究してみたいところです。ありがとうございます。

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岡本 浩和

>ふみ君
こんばんは。
紹介のアンゲロプロスの映画は観ていないのでノーコメントだけど、感性が鈍っているというのはいただけないねぇ。
そう、飲みましょう、盛り上がりましょう!!(笑)

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エリクソン指揮ストックホルム放送合唱団&ストックホルム室内合唱団 R.シュトラウス ドイツ・モテト(1970.7-71.5録音)ほか | アレグロ・コン・ブリオ

[…] な哲学的シーンを含む、絶賛すべき素晴らしい映画だ。音楽監督は、「合唱の神様」と謳われたエリック・エリクソン。僕が彼の名を知ったのは、ベルイマン版「魔笛」においてだった。 […]

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